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姉夫妻はあと一年は札幌市内勤務とのこと。次の異動では、また中央に近い駐屯地に配属になるかもしれないと予測している。
でも、それまでは。この賑やかな小柳・神楽・東一家で暮らしていけそうだった。
その間に、たくさんの思い出を残しておきたいねと姉とも話し合っている。
あの日のフライトは、母のためのフライトだった。
姉は母親になって初めてのフライトだった。
芹菜義母への感謝のためのフライトだった。
そして芹菜さんはほんとうに自分の足で歩き始めた日。
柚希にとっては、母になろうと決めた日。
マザーズデイ・フライト。
そう名付けている。
あの日。チヌークが着陸して、コックピットから降りてきた姉がヘルメットを取り去り、凜々しいいつもの姿で柚希を優しく見つめてくれていた。
「柚希のおかげで、お母さんに会えたよ」
なんのことだろうかと、姉を出迎えた柚希は首を傾げる。
「出産したばかりでへとへとだった時。慣れない新生児の世話で疲れ切っていた時。ふらふらしながらキッチンに行ったら……。お母さんが居たんだよね。お母さんが、うどんを作ってくれていたんだ。私が好きな、おあげを甘辛く煮付けたやつを乗せてくれるキツネうどん」
「……やだ、お姉ちゃん。それって疲れて幻覚でってこと?」
姉がそっと眼差しを伏せ、首を振る。
艶やかな黒髪、綺麗な面差しの姉が柚希を見つめたまま、少し目を潤ませて告げたこと。
「柚希の後ろ姿が、お母さんにそっくりになっていたってこと」
そう聞いて、柚希はハッとする。
確かに、自分は亡くなった母親に似ていると言われてきたからだ。
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