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「この世への未練? いったい、何を言っているんですか?」
「あなたもお亡くなりになっているのです。亡くなったことに気がついていないだけで。これも幽霊あるあるなのですが」
「亡くなっている? そんなわけがない……。僕は普通に生活していますよ」
「……では、ご自分の名前を言えますか?」
「名前? そんなの当たり前じゃないですか。僕の名前は……。えっと、名前は……?」
僕は名前を思い出せなかった。
「亡くなると、この世での名前を失うのです。わたしもそうですよ。あなたは、わたしの名前も知りませんよね?」
「いや、でも……。ほら、僕には友人だっている。僕の事を見えている人は大勢いました。部屋だって借りているし」
「その方々のお名前を言えますか?」
と、彼女が寂しそうな視線を送ってくる。
「別府駅前で歌っていたご友人や駅員さん、レストラン『neTworK』の料理人も。関わった方々は皆さんお亡くなりになられているのだと思います。この世に、何か未練があったのでしょう」
先日、別府駅前で唄い終えた友人の前に、若い女性が近づいてきたことを思い出す。
拝むように双眸を閉じて、両手を合わせて。
あれはそういう意味だったのか?
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