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悪い男と悪い女(1)
「天気が良すぎる」
フロントガラス越しに見える青い空の無限にも思える広がりに、悪い男は声に出す。
そんな空の下で悪い男は心の底から運転を楽しんでいた。乗っているのは低所得者では手に入れることのできない、高級車と呼ばれる部類の車だ。
「この車もまあまあだな」
それは実家の広い車庫に置いてある十二台のうちの一台に過ぎない。
大手自動車メーカーが展開する高級車で、SUVだ。エンブレムの横楕円にLの字がよく目立っていた。
白いボンネットに映る青い空が、白い雲を伴って流れていく。美しいと思えなくはない。
どんなに速度をあげたとしても思い通りの運転ができる。
価格に見合った性能を誇るこの車のことをそれなりに気に入っていた。
「そう? 気持ち良いけれど」
助手席に座っている悪い女が耳にかかった長い髪を細い指でかき上げながら言う。茶色に染まったストレートの髪は胸の辺りまで伸びていた。
「なに見ているんだ?」
悪い女が窓越しに何を見ているのか、悪い男には分からない。
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