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「なにも……。風景を見ているだけよ」
その左手の薬指にある指輪が、太陽の光を反射している。プラチナの輝きが永遠の誓いを主張したいようだ。
悪い女は既婚者らしい。ただ、そんな事実は悪い男にとってどうでもよいことだった。
目の前の信号が点滅する。チカチカとその存在をアピールし、黄色から赤色に変わった。
悪い男はその色の意味を軽視してアクセルをべったりと踏みこんだ。
乱暴にハンドルを切る。
タイヤが路面に食らいつき、高い音が鳴り響いた。慣性が生じて悪い女が躰を密着させてくる。
「きゃあ!」
ジェットコースターに乗る子供のように、悪い女がはしゃいでいた。躰を寄せたまま、斜め下から悪い男の顔をのぞきこんでくる。
「なんだか遊園地の乗り物みたい。楽しいわ」
躰の線がよくわかる、胸元が大きく開いた服だ。豊満な胸の谷間をみせつける。両方の上腕部で胸を寄せていた。
隙の重要度を理解した上での所作だろう。
「旦那は相変わらず帰りが遅いんだろう?」
答えがわかっているのに訊いてみる。
悪い女が不機嫌さを表現したいのか、唇をアヒルのように突き出している。
「仕事が趣味なのよ。あいつは……」
と、眉間に深い皺をよせた。
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