僕と彼女(1)

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 左手側の壁際にある『えきマチ1丁目』と書かれた看板の下を選んで地面に座り込んだ。 「さて」  独り言が多いという事を僕は自覚している。決して独りぼっちだから独り言が多いわけではない……、と思いたい。  座り込んだ場所は建物の屋根の部分が張り出していて陰になっている。日差しからも雨からも逃れることができた。 「絵を描くには申し分ない」  そうやって腰を下ろしたまま、高いビルによって切り取られた空を見上げてみる。 「絶好の絵描き日和だな」  雲はひとつもなかった。  まだ六月の後半だということを忘れてしまうほどの突き抜けた色調だ。  雨雲を従えている梅雨が真夏の誘惑に負けたのかもしれない。  梅雨の合間に訪れた快晴は、『夏ですよ! 若者たち準備は良いかい?』と主張する心地が良いものだった。  僕にとってはいつも通りの夏になるのだろうけれど……。  持って来た黒いトートバッグからスケッチブックを持ち出して広げる。 「どの鉛筆にしようかな」  と、呟きながら鉛筆の束を観察した。
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