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「あれ、気づかなかったんだ? 食べることに集中しすぎじゃない」
悪い男の正面に悪い女が座っていた。胸元の大きく開いた白い服装だ。その胸を寄せる必要がないことを悪い男は知っている。
「それよりも、何かあった? そんなに眉間に皺を寄せて、あっち見たり、こっち見たり」
「ん? ああ……」
歯切れ悪く悪い男は応えてしまう。
「なあ。カウンターの方に何か見えないか?」
そう訊かれた悪い女が振り返ってその方向を見た。
「普通にお客さんが座って居るけれど。知り合い?」
「……そうか。見えないのか」
そこで悪い女がスプーンを置いて、口元をナプキンで拭いた。
「もしかして、さっきの話の続き? 黒い影みたいなものが見えるっていう」
「何でもない」
そう応えたものの、悪い男は視線を向けてしまう。……いつもより黒い影の数が多い。
「ねえ。そんな事よりも聞いてよ」
と、悪い女がスプーンを持つ。
悪い女の口から飛び出す言葉はいつも似通っていた。仕事ばかりで留守にする夫の事だ。
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