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僕はゆっくりと立ち上がった。椅子を元に戻しながら応える。
「そうでしたか。すみません、集中していたみたいです」
彼女が細い指先でネモフィラの写真を撫でていた。
「この写真はとても懐かしいですね。家族でドライブに行った時のものです。遠い場所だったと記憶しています。車で二時間ぐらいは掛かったでしょうか? 海のそばにある海浜公園だったと思います。一周すると歩き疲れるぐらい大きな公園なのですよ」
僕はこれほど広がるネモフィラを見たことがなかった。
「行ったことがない所みたいです」
そこで彼女が片手の人差し指を立てて天井に向ける。
「良いことを思いつきました。写真の裏側を見て頂けますか?」
僕はその写真をフォトアルバムから取り出して、裏返してみた。
そこには黒いボールペンで書かれた日付と言葉が記載されている。
『海浜公園で見たネモフィラは、どこまでも青く続いていた』
「父の習慣です。写真の裏側に一言だけ添えるのですよ」
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