僕と彼女(4)

5/17
前へ
/196ページ
次へ
 僕はゆっくりと立ち上がった。椅子を元に戻しながら応える。 「そうでしたか。すみません、集中していたみたいです」  彼女が細い指先でネモフィラの写真を撫でていた。 「この写真はとても懐かしいですね。家族でドライブに行った時のものです。遠い場所だったと記憶しています。車で二時間ぐらいは掛かったでしょうか? 海のそばにある海浜公園だったと思います。一周すると歩き疲れるぐらい大きな公園なのですよ」  僕はこれほど広がるネモフィラを見たことがなかった。 「行ったことがない所みたいです」  そこで彼女が片手の人差し指を立てて天井に向ける。 「良いことを思いつきました。写真の裏側を見て頂けますか?」  僕はその写真をフォトアルバムから取り出して、裏返してみた。  そこには黒いボールペンで書かれた日付と言葉が記載されている。 『海浜公園で見たネモフィラは、どこまでも青く続いていた』 「父の習慣です。写真の裏側に一言だけ添えるのですよ」
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!

274人が本棚に入れています
本棚に追加