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化学療法をしてがんが小さくなってから手術すると言われたものの、化学療法が辛すぎて、継続できなかった。
そうなると他の治療法を試すことになるのだけれど、どれも気持ち悪すぎて、何も食べられなくなり、高熱が続き、体重がどんどん減り、がんではなく治療のために命を落とすのではないかと真剣に思うようになった。
「…帰りたい」
もう無理だ。最期は苦しい思いをしたくない。
けれど、現実は甘くない。パートは有給消化後、回復の見込みがなければ退職ということになった。
治療がなければ病院も退院しなければならない。緩和ケアのある病院の入院費用が月30万以上と聞いて諦めた。私には保険に入る余裕はなかったから、手厚い保証のものはない。
更に仕事を失うとなると今の家の生活費をどうするか、私がいなくなってしまった後の涼真の生活をどうするか。
考えただけで体中から力が抜けてしまうような気がした。
「石上さん、まだ治療法はあるんですよ。ご自身がいなくなることを考えるかもしれないけれど、まだまだご自身と涼真君の生活を考える方が大事だし、現実的なんですよ」
「でも、もう辛くて…」
私は気がついている。涼真は賢い子だ。一人でも生きていける。現に私の入院中も一人で生活していて、私の好きなおかずを作って持って来るくらいだ。
成績も悪くない。お金は私の両親の生命保険金が手つかずで残してある(ありがたいことに私を受取人にしていてくれたのだ)。それで何とか生きていける子だと思う。
そうしたら、私は無用の人間だ。病弱なまま長生きするならば…。
「母さん、バカだろ」
涼真になじられてもなんだかもう生きていくのが面倒に感じる。
「母さんって何かやりたいことないの? 母さんには何か楽しいことはないの? そのために頑張ろうって思わないの?」
「楽しみはいかのお寿司を食べること。でもいかも気持ち悪くて食べられなくなっちゃった」
「…それ以外何もないの? 嘘だろ」
返す言葉もない。
仕方ない。この子を妊娠したのは高校卒業間近の頃。大学進学は諦めて、それから両親の力を借りながら一人で子育てしてきたんだ。
楽しみとか、何とか、何もないよ。
その涼真もこんなに立派に育てばもう言うこともない。
「…俺、ぐれるよ?」
「どうやって?」
「…具合悪くなんてないだろ」
「そうね、何も食べてないから吐くものもないし」
涼真がため息をついた。
「同じならば退院する? それでもいいって先生が言っていたし、俺も家と学校とバイトと病院じゃしんどいから」
「そうだね。退院するか…」
涼真とそんな会話をした30分後、担当看護師が飛び込んできた。
「石上さん、本当に退院したいんですか?」
「…治療も体が受け付けないし、そうしたらここにいられないですよね」
「石上さ~ん…、考え直しましょうよ…」
看護師さんがその場にへなへなと崩れ落ちた。
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