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“Save the wonderful future.”
(素晴らしい未来を守りましょう)
天空に浮かび上がる七色の文言と、その上に描かれた七色の地球に向かって、小石や空き缶などがひっきりなしに投げつけられた。その発射元を見ると、ボロボロで汚れた身なりをした人々が、神様を恨むように睨んでいた。
人々は、つなぎ合わせたボロボロのベニヤ板を、七色の文言と地球に見せつけるように掲げていた。板にはスプレーでこう書かれていた。
“Today rather than future!”
(未来よりも今日を!)
「どうなるかわからない未来よりも、私達の今の苦しみから解放しろ!」
「後進国への支援より、我々への支援を!」
「地球なんかより、俺達の人生を優先しろ!」
人々は喧騒し、物を投げ続けた。
七色の文言と地球は、発光する粒子型ドローンによって浮かび上がる空中移動式の政府広告であり、文言と地球の間には監視用のカメラがあった。人々はそれに向かってベニヤ板を見せつけ、また小石などを投げつけていた。しかし、ビルでもないと届かない高さにあるため、なかなか届かない。しかし、人々がいる場所には、ビルどころか瓦礫同然の廃墟や黒ずんだテントしかなく、ゴミだけでなくハエやゴキブリが当たり前のように存在していた。
この場所に住む者達はいわゆる貧困層であり、「負け組」と蔑まれた者達だった。そんな「負け組」達がいつの間にか集まって生まれた地域の一つだった。「全ての国民は平等である」という国の精神に外れた者達が作り出した、またある意味では異界であった。たった少しの不運で「負け組」になってしまったものもいれば、生まれながらに「負け組」として暮らす者もいた。
「私達を見殺すなぁっ!」
「我々に最低限の保証を、納税できるほどの豊かさを!」
「俺達も国民だ、ならば俺達にも平等を!」
不満の声はエスカレートしていき、七色の政府広告に投げつけられる量はだんだん増えていった。最初は届かなかったが、次第に距離を縮めていった。
「未来よりも今日を!」
「未来よりも今日を!」
「未来よりも今日を!」
「今日を!」
「今日を!」
「今日をっ!!」
その時、大音量のサイレンが鳴り響き、人々は耳を塞いでうずくまった。しかし音は貫通して耳どころか脳を振動させ、気絶してしまった。
人々が全て倒れると、サイレンが消えた。今度は巨大なトラックがバックして現れるとコンテナが開き、そこから降りてきた四足歩行のロボットが、気絶した者達をコンテナに運んで行った。人々の中には、泡を吹いて動かない子供や赤子もいた。
「負け組」達の抗議と弾圧の様子は、政府広告用ドローンのカメラを通して、映像として国内のネットに拡散していった。
その映像を見た「負け組」以外の国民達の考えは同じだった。
──我々の「恥部」が排除された事で、未来がより輝かしいものになった。
──「非国民」相手には、当然の事。
──足を引っ張って文句ばかりしか言わない「枷」が一つ外れて、せいせいした。
ごく一部、この考えに反するものもいたが、「国民の総意」として浸透してしまった以上、口をつぐむしかなかった。もし言葉にすれば「負け組」に転落してしまうかもしれないと、反対する者は皆わかっていた。無言は、自分の身を守る正当な自己防衛として機能し続けていた。
抗議する人々が排斥された翌日も変わらず七色の文言と地球が天空に表示されていたが、言葉が追加されていた。
“Save the wonderful future rather than today.”
(今日よりも、素晴らしい未来を守りましょう)
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