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彼の浮気相手と電車の中で
そのあと、三人でファミレスを出た。
その日はもちろん、お泊まりという雰囲気にもならず、全員帰ることになった。
そこで電車は下りか上りかなんていう話をしていると、三波くんだけが反対で、わたしと季節さんは同じ方向だということが分かり、初対面にも関わらず同じ電車に乗ることになった。
帰りの電車はかなり空いていて、二人並んで座れた。
「ちょっと気になったんだけど、どうして急にわたしに言う気になったの?」
カタカタと電車に揺られながら、わたしは季節さんに訊いてみた。
「三波さんがこれは言わなきゃダメだって。睦月さんのお友達に詰められたみたいです。浮気なんて許さないって」
まったく、もう。結局はから揚げを取り分けない派の仕業だったか。
わたしは呆れてため息をついた。
「でも、驚きました。絶対にげんこつを食らうと思ったから」
季節さんは言った。
「げんこつ?」
「以前、友達で似たようなケースがあって、そのとき浮気された人が相手を殴ったって聞いていたから」
「何それ、鉄拳制裁?」
「だから、なかなか言い出せなくて。こんなわたしが言うのもどうかとは思いますが、睦月さんがお優しい人で良かったです」
「優しくはないわよ」
わたしは首を振った。
「え?」
「わたしはただ彼が好きなだけ。だから、どんなことをしてもキレたりしないし、殴ったりもしない」
それは一般的ではないのかもしれないけれど、わたしはわたしなりの考えで彼のことを好きでいたい。
「素敵です」
季節さんはぽろっとそう言った。
「そうだ、季節さん。アルバイト、辞めちゃわないよね?」
「はい、今のところは。辞めるのも考えたんですけど、給料も良いし、家も近いので惜しくて」
「それなら良かった」
「良かった?」
「これからも三波くんのこと、よろしくね。浮気とはいえ、一度はお付き合いをした仲なんだから、きっとお仕事でも支え合うのにぴったりなのよ。彼は浮気を恋人に隠せる器用さはあるけど、長いこと続けられないぐらい不器用だから」
「確かに。分かりました」
「それに、わたしも三波くんのアルバイト先にときどき行くの。あなたは見たことがなかったけれど」
「睦月さんがいらっしゃるときは厨房に隠れていました」
「あら、そうだったの? でも、これを機にもうやめて。わたしが行ったときはぜひ顔を出して。顔なじみの店員さんがいると心地いいのよ」
「はい、今後はそうします」
「じゃあ、次に行くとき、楽しみね」
わたしは笑いかけた。彼の、浮気相手だった人に。きっと大学の友達が見たら、人が良すぎとか簡単に許したらまたやるよとか、余計なことをいっぱい言われるだろう。
だけど、わたしはそれでもいい。彼が好きだ。これまでも、今も、これからも。だからこそ、彼の好きを認めたい。誰に何と言われようとも。
だから、すっきりとした気持ちだった。双葉、から揚げにレモンかける派だから、ちゃんと皿に取り分けたよ。
わたしは今ごろレポートをカタカタ書いているだろう親友に、盛大に奢ってやりたい気分になった。
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