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浮気の相手
三波くんは駅を挟んで反対側のファミレスにいた。夕飯時も過ぎ、客もまばらだった。
わたしは店に入って待ち合わせです、と店員に告げ、三波くんのいるソファ席に進んだ。そして、彼の正面に腰を下ろした。
「どうしたの?」
鞄を脇に置きつつ尋ねた。
電話の時点で危ない予感がしたから、あまり追い詰めるような口調は良くない。わたしはできるだけ穏やかでいられるよう意識した。
「実はね」
三波くんはそう言いかけ、視線を逸らした。
ゆっくりとその視線を追いかけると、その先には可愛らしい女が立っていた。トイレから出てきたところだったみたいでハンカチを手に持っていた。
その人は一瞬驚いてフリーズしてから、何だか申し訳なさなそうにわたしに会釈すると、小走りで三波くんの横に腰を下ろした。
「ごめん、睦月!」
すると、突然三波くんが声を張り、頭を下げた。机にぶつけん勢いである。声も若干店内に響き、一瞬、お客さんの視線が集まった。
「三波くん」
わたしはぎりぎりまで声量を抑えて囁いた。彼は怯えるような目で恐る恐る顔を上げた。
「ごめん」
わたしは首を横に振り、話を促す。
「実はね。俺、浮気してたんだ」
うん、知っていた。
「別に睦月を嫌いになったわけではなくて、出来心というか、ついうっかりというか」
三波くんは急に早口になった。
「別れたいとか、そういうのはなくて。えっと、えっと……」
「まだ何も言ってないよ」
わたしは穏やかに諭すように彼に言った。
わたしは彼が好き。今謝ったからそれほど本気ではなかったのだと思うけれど、やはり責め立てる気にはならなかった。
「そのお相手はそこの彼女?」
手を開き、可愛らしい彼女を指した。
三波くんはうん、と震えるように頷いた。
指された女は急に緊張してすっと背筋を伸ばした。
「わたしは天野季節と言います。彼――三波さんはアルバイト先の先輩で、三か月ぐらい前からお付き合いを……」
季節と名乗ったその女はぶるぶると震えながら、何とか声を絞り出したみたいだった。
彼のアルバイト先はおしゃれなカフェだった。コーヒーの種類の豊富さが売りで、わたしもよくカフェラテ
を飲みに行っている。しかし、彼女は見たことがない。もしかしたら、わたしが来る日を三波くん経由で聞いて避けていたのかもしれない。
「そう。季節さん」
「本当にすみませんでした。何を言っても言い訳になると思うので、何も弁解しません」
声まで震えている。わたしはそんなに怒っているように見えるのかしら。
なんと声を掛けてあげようと考えていると、ふとビシッと言ってやりなよ! と言い残した大学の友達のことを思い出した。多分、今がその絶好のチャンスなのだと思う。
しかし、二人してカタカタ震えているのを見ると、どうしてもその気にはなれない。どちらかが悪びれもせず、好戦的な態度だったら一言ぐらいは言ってやるかもしれないが、まるで二人とも天敵に狙われた小動物みたいだった。
それに、わたしは実はそこまで傷付いていない。見たところ、彼女は三波くんの好みだし、その彼女だってわたしが恋人にする人を好きになったのだ。似た者同士という気がして、親近感すら湧く。何より、わたしの好きな彼が好きになった人である。悪くは言えないし、言いたくなかった。
「三波くん、季節さん」
わたしは震える二人に優しく声を掛ける。
「ちゃんと教えてくれてありがとう」
二人は半泣きでふっとわたしを見た。
「二人は勘違いしているみたいだけど、わたしはそこまで怒ってないわ」
「え?」
三波くんが拍子抜けという顔をした。
「許していただけるんですか?」
季節さんは目を丸くした。わたしはうんと頷いた。
「でも、今後は控えてほしい。いい気はしないから」
「分かった」
「はい」
こうして三波くんの浮気騒動は完結した。
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