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 他人の評価がさほど気にならない三輪には、香川に心から共感することはできない。だけど過去の出来事が今の自分に影を落としているところは同じだ。 「別に幻滅はしなかったけどな」 「え?」  香川みたいな男にも人に言えない悩みがあるんだと思ったら、むしろ親近感が湧いた。非の打ち所がない完璧な男より、痛みを知る人間の方がずっと魅力的だ。 「ありきたりな言葉だけど、そのままの香川を好きだと言ってくれる相手はきっといるよ」 「主任――」  香川に向けた言葉は、三輪自身の願望でもあった。  週末ホテルに一人でいると、時々無性に虚しくなる。自分の全てを受け入れてくれる相手と、心も体も深く繋がり合えたらどんなに幸福だろう。頭では普通の恋愛なんて無理だとわかっているのに、そんな風に願ってしまいたくなるのだ。 「ありがとうございます。主任の言葉なら信じてみようかなって思えます」  前を向いていた男の顔が、不意にこちらに向けられる。いつも少し笑っているように見える瞳が、今は眩しげに眇められていた。 「主任って、かっこいいですよね」 「香川が言うと嫌味に聞こえるな。俺のどこにかっこいい要素があるっていうんだ」  見てくれこそそれなりに取り繕ってはいるが、中身は我ながら誉められたものじゃない。  他人とは極力かかわりたくないし、葉山みたいにストレスを溜め込むほど仕事に情熱を注いでもいない。弱みを披瀝してみせた部下に、気の利いた言葉一つかけてやれないような無粋な人間だ。 「かっこいいですよ。だって主任は人にどう思われるか考えて行動なんてしないでしょう? いい人だと思ってもらおうなんて微塵も考えてない。だから人前で播磨のことを堂々と叱るし、葉山課長の誘いを断っていいなんて言う。その強さがかっこいいんです」  臆面もなく告げられ、咄嗟に言葉が出てこなかった。香川の言葉が機嫌取りのおべっかでないことは、その目を見ればわかる。 「別に、強くなんかない。俺にだって怖いものくらいある」 「主任?」 (俺は何を言おうとしてる?)  相手は部下だ。家族でもなければ、友人ですらない。だけどもしも誰かに自分の弱みを曝け出すとしたら、相手は香川しかいないような気がした。 「キスが――」  震えそうになる唇に指先で触れる。外気に晒された唇は少し乾いていた。 「キスがダメなんだ。一度散々な目に遭ってから、人の体温とか、ぬるつく体液とか、どうしても受けつけなくて……」  香川の目がじわじわと見開かれる。途端に居心地の悪さを感じ、三輪は下げていたマスクを鼻の上まで引き上げた。
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