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 釈然としないものを感じつつも、美味しいランチを平らげ、二人して階段でオフィスに戻る。よほど急いでいない限り、三輪はエレベーターではなく階段を使うようにしていた。腹ごなしの運動代わりだと言うと、予定がある時を除いて香川もそれに倣うようになった。 「ところで本当に参加しないんですか? 土曜日のお花見」 「しつこいな。週末は仕事関係の約束は入れないって言ってるだろう。もう返事もしたし」  今週の土曜は営業部内で花見を予定しているらしい。端から参加する気のない三輪は、幹事である課長に既に不参加と返答していた。 「それじゃ金曜の夜うちにきませんか? 播磨と二人で祝勝会をしようって言ってるんです。例の結婚式場のコピー、柳瀬さんのものが採用になったんでしょう?」  ポエムもどきを突き返された播磨は、三輪の提示した期限通りに新たなコピー案を上げてきた。他チームから上がってきたものと併せて社内プレゼンにかけ、最終的に選出されたのが柳瀬の書いたコピーだったのだ。 「祝勝会って気が早いな。まだクライアントからOKをもらったわけじゃないぞ」 「主任に認めてもらったのがうれしかったんですよ。かわいいやつでしょ、播磨って」  確かに播磨の頑張りは認める。ダメ出しからたったの二日で、これ以上ないほどクライアントの意向に叶った案を提出してきたのだ。  あの鬱ポエムもどきから「2byLIFE」というシンプルかつキャッチーなコピーに辿り着くとは思ってもいなかった。労ってやりたいという気持ちがないわけではない。 「金曜か……」  金曜の夜はホテルで過ごすと決めている。部屋だって予約済みだ。長年に渡って続けてきたルーチンを変えるのは本意じゃない。 「金曜日にうちにきてくれたらお花見の方は諦めます。すっごく残念ですけど」  すごくの部分にアクセントをつけるあたり、あざとさを感じる。だけど以前のようにかわいげの欠片もないとは思わなかった。  抜け目ないあざとさも、余裕ぶった態度も、香川を構成するほんの一部でしかない。新しい顔を見る度に、この男は他にどんな顔を持っているのだろうと興味が湧いた。 「……顔出すだけだからな」  思えば成人してからというもの、誰かの家に誘われたのはこれが初めてだ。ホテルはキャンセルすることになるが、たまにはイレギュラーな週末があってもいいのかもしれない。 「ほんとに? やった! 主任のためにはりきって美味しいもの作りますね」  同僚との宅飲みに上司がくるなんてうざったいだけだろうに、香川はうれしそうだった。おかしなやつだと思う一方で、笑った顔を見ると、そわそわと落ち着かない気分になる。 「そこは播磨のためでいいんじゃないのか。あいつの祝勝会なんだろう?」 「やべ、本気で忘れてた。今の、播磨には内緒にしててくださいね」 「……っ!」  不意に耳元に顔を寄せられ、心臓が大きく跳ねる。トコトコと駆け出した鼓動は、午後になってもなかなか収まらなかった。
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