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金曜の夜。仕事を終えた三輪は、地下鉄を使って指定された駅へと向かった。目的地に着き、人の流れに身を任せて改札を出る。到着の連絡をしようとスマートフォンを取り出したところで、背後から軽く肩を叩かれた。
「お疲れ様です。思ったより早かったですね」
声をかけてきたのは香川だった。既に一度帰宅した後らしく、薄手のニットにジーンズを身に着けている。足元がスニーカーなのがやけに新鮮だ。
「わざわざ迎えにきてくれたのか? 住所を送ってくれたら自分で行くのに」
「買い出しのついでです。ここから少し歩くんですけど、大丈夫ですか?」
「香川が思ってるほど年寄りじゃないよ」
そう言って男の手から缶ビールの入った袋を奪う。だがすぐに奪い返され、代わりにスナック菓子がたくさん入った袋を渡された。
「菓子で喜ぶほど子供でもないぞ」
「それは播磨用です。あいつはお菓子で大喜びする子供なんで」
大きいばかりで空気のように軽い袋を提げ、香川と肩を並べて夜道を歩く。こんなことならビールは自分が用意すればよかったと後悔した。
家に誘われ慣れていないので、お呼ばれの作法がわからない。人づき合いをサボってきたツケが、今になって回ってきたのだ。
(次があったら、今度こそ飲みものぐらい用意してこよう)
「着きましたよ。ここの二階です」
香川が足を止め、尻ポケットからキーケースを取り出す。アパートは駅から十分ほどの住宅街にあった。鉄筋コンクリートの三階建てで、建物はまだ新しい。
「へえ、いいところに住んでるんだな。駅から割と近いのに車も少なくて静かだ」
「1DKだけど部屋は広いし、家賃も手頃なんで掘り出し物件でした」
話しながら外づけ階段を上がり、明るい廊下を進む。香川の部屋は二階の角部屋だった。
「一応掃除したけど、適当なんでまじまじとは見ないでくださいね」
中へ促され、お邪魔しますと断ってから玄関に足を踏み入れる。
香川の言葉通り、中はかなり広かった。白を基調にしたインテリアのせいか、室内は明るく清潔感がある。
「なんだ、播磨はまだきてないのか?」
てっきり先にきているものと思っていたのに、室内は無人だった。
「あいつも今日は一日外だったんで、出先から直接くるそうです。さっき電車に乗ったって連絡がきてたから、もうすぐじゃないかな」
「そうか」
会話が止むと、室内は無音になる。屋上なら平気なのに、慣れない部屋で二人きりで向かい合うのは、なんとも言えず気まずい。
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