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 スーツ姿で現れた播磨は、挨拶もそこそこに部屋へ上がり込み、鍋の蓋を開けて中身を確認している。 「なんで春におでん? 男の宅飲みって言ったら焼肉か餃子パーティーじゃないの?」 「手伝いもしないで何言ってんだ。文句言うなら播磨はお菓子だけ食ってろよ」 「ウソウソ、俺おでん大好き! アイスクリーム買ってきたからご飯の後で食おうぜ」  気心の知れた者同士のやりとりに、思わず頬が緩む。同時にあの播磨でさえ手土産を用意してきていることに驚いた。  自分のダメさ加減に落ち込みながらテーブルに三人分の食器をセットしていると、香川が土鍋を手にして現れた。慣れた手つきでカセットコンロに火を点け、鍋を火にかける。すぐにぐつぐつ言い出しだ鍋を覗き込み、三輪は思わず感嘆の声を上げた。 「すごい、お店のおでんみたいだ」  きちんと面取り処理のされた大根に、出汁を吸ってふっくらと膨らんだ練りもの類。ロールキャベツや、ベーコンで巻いたアスパラなんて変わり種まである。透き通った出汁に浸った具はどれも美味しそうで、見ているだけで食欲をそそられた。 「うちは母親が出汁にうるさい人だったんで、味は悪くないと思いますよ」 「そういや味噌汁とかもめっちゃ美味いもんな。香川が女の子だったら嫁に欲しいわ」 「播磨のために毎日味噌汁を作るのは嫌だな」  軽口を言い合いながら、香川が皿に具を取り分けていく。三輪の皿は卵と野菜を中心に、播磨には餅巾着や牛すじといったボリュームのあるものを。二人の好みを知り尽くしている男の手は、いっさい迷いを見せない。  湯気を上げる鍋の上で流れるように動く男の手に、三輪はうっかり見惚れた。女性のように繊細ではない、少し武骨な男の手。ネイルとは無縁の短く切り揃えられた爪が、三輪の目には美しく見えた。  おでんの載った皿が行きわたると、居住まいを正して缶のままのビールを掲げる。部下二人からの視線にけしかけられて、渋々乾杯の音頭を取った。 「今日も一日お疲れ様でした。柳瀬さんのひらめきと播磨の執念に乾杯」  棒読みで告げて、無理やり缶をぶつける。播磨はポカンと口を開け、香川は吹き出した。 「ちょっと主任、執念ってなんですか! そこは俺の頑張りを称えるところでしょう?」 「仕事なんだから頑張るのは当然だ。別に称えるほどのことじゃないだろ」  播磨に答えながら、苦いビールを舌先で味わう。飲みの場も苦手だが、酒自体あまり得意ではなかった。だがいくら気の利かない三輪でも、祝勝会という名目の飲み会でそんな告白をするほど野暮ではない。平静を装い無心で缶を傾けていると、横から伸びてきた手にひょいとビールを取り上げられた。 「香川?」 「ビールもいいけど、おでんも食べてみませんか? ホラこれ、初めて入れてみたんだけど、結構美味しいよ」  そう言って三輪の皿に小さな丸い塊を載せる。一見練りものに見えたそれは、うずらの卵だった。  小さな卵を落とさないよう箸で慎重に摘まみ、そろそろと口へ運ぶ。一嚙みで白身が弾け、中から甘い黄身がほろほろ零れ出た。鶏卵よりも小さい分、出汁の旨味をたっぷり吸っていて、とても美味しい。 「美味い。出汁がよく染みてる」 「いいですよね、うずら。見た目もなんかかわいいし」  確かに、煮えた鍋の中で踊る小さな卵は愛らしく、笑みを誘う。鍋を挟んで二人で笑い合っていると、播磨が手刀で視線の糸を断ち切った。 「ちょっと、主役を差し置いて二人で何イチャイチャしてんですか? ていうかいつの間にかめっちゃ仲良しになってません?」  胡乱な目で見つめられ、コホンと一つ咳払いをする。空気を読むことに長けた香川が、身を乗り出して播磨に食事を勧めた。
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