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「あの、まだですか? 私がここへきてからもうずいぶん経つんですけど」 「――わかってます。あとちょっとだけ待ってください」  もうかれこれ三十分、三輪はホテルのベッドの上で胡坐を組み、目を閉じてじっとしている。正確には、ベッドの上で固まったまま動けずにいた。  香川の部屋から逃げかえった日の翌日、三輪は金曜の夜のやり直しを図るべく、ホテルの部屋を押さえた。なじみの店から派遣されてきたのはユキナという名の女性で、三輪の相手をするのは二度目らしい。初めてではないのなら余計な説明は不要だと、互いに着衣のままでベッドに上がった。  いつもなら少し体に触れられただけでその気になるのだが、今日はなぜか勝手が違った。ネイルアートが施された細い指に、思わせぶりな手つきで触れられても、体がまるで反応しない。それどころか甘い香水の匂いに嫌悪感すら覚えた。  一度そうなってしまうと、もうダメだった。体を奮い立たせようとすればするほど、頭が冷えていく。ついには「自分は一体何をしているんだろう」などと自問自答を始めてしまい、三輪はとうとう白旗を挙げた。 「やっぱり無理だ……。どうやっても上手くいきそうにない」 「なら一度口でしてみましょうか?」  下半身に顔を伏せようとしたユキナを、慌てて押し止める。口でなんて冗談じゃない。 「いいんです! 今日はもう諦めます! きてもらっておいて勝手を言ってすみません」 「こちらこそ、何もしてないのにお金をいただくことになっちゃってごめんなさい」  ユキナはそれ以上食い下がることはなく、身なりを整え始めた。この後も仕事の予定が入っているのか、時計を気にしている。 「週末に遅い時間まで大変ですね」  身の置き場がなくて、益体もないことを口にする。すると身支度を終えたユキナが「仕事ですから」と屈託なく笑った。 (仕事だから、か)  男をその気にさせることを生業にしている彼女にしてみれば、さっきの三輪の態度は快いものじゃなかったはずだ。それでも不満を言うでもなく、嫌な顔一つしない。  これまで三輪は、女性たちの顔もろくに見ず、自分から名前を訊ねたこともない。知らない男が待つ部屋を訪ねるのに、彼女たちにどれほどの勇気がいるかなど、考えたこともなかった。  今頃になって、自分がひどく傲慢だったことに気づく。歳は若くても、彼女たちの方が三輪よりずっと大人だ。
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