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「あの、一つ聞いても?」 「もちろん。でも私に答えられるかな」 「誰かといて何があるわけでもないのにそわそわしたり、急に逃げ出したくなったり……、そういうことって割とあるものでしょうか?」  こんなこと、他の誰にも聞けない。奇しくも播磨と同じようなことをしていることに、三輪は地団駄を踏みたいような気分になった。 「相手が怖い人だった場合の話ですか?」 「別に怖くはないんです。嫌いでもない。ただその相手に触ったり触られたりすると、インフルエンザに罹った時みたいに体に悪寒が走って、脳がブレたような感覚に襲われる。そういう経験は誰にでもあるものですか?」 「ああ、恋愛が最高潮に盛り上がってる時ってそんな感じですよね。手を繋いだだけでビビビッて体に電気走ったりして。あったなあ、そういうの。中学生くらいの頃だったかな」 「れ、恋愛っ!?」  突拍子もないユキナの答えに、三輪は文字通り飛び上がった。そんなもの盛り上がってもいなければ、自分は女子中学生でもない。 「あら、違うんですか?」  違うに決まっている。香川は人に言えない悩みを持つ同志であって、恋愛対象なんかじゃない。第一、自分も香川も男だ。 「……違うと思います。相手は同性なので」 「でも、スズキ様は女の人を好きなわけじゃないでしょう?」  不意打ちの言葉に、頭から冷水を浴びせられた心地がした。額にじわりと汗が浮き、立ち眩みの時のように視界が暗くなる。 「ごめんなさい、デリカシーのない言い方しちゃって。でもお客様の中にもそういう人、結構いるからわかるんです。自分のセクシャリティを認めたくないんだろうなって人――」  ユキナの声がどこか遠く聞こえる。  三輪は誰かを好きになったことがない。女性に対して劣情を抱かないのも、恋愛感情がないからだと信じていた。だけど本当はそうじゃなかったのかもしれない。 (これまで気づかなかっただけで、俺は元々女性を好きになれない人間だったのか……?)   ユキナの言うように自分がゲイで、体の奇妙な反応が恋愛感情によるものだとしたら、三輪は香川に恋をしているということになる。  だがそこで思考がストップした。どれだけ頭を絞っても、フリーチャートの矢印の先が見えてこないのだ。 「ごめんなさい。別に珍しいことじゃないって言いたかっただけなんですけど……」  固まってしまった三輪に、ユキナが気遣わしげな声をかけてくる。彼女に悪気がないことはわかっている。  大丈夫だからもう行ってください、そう言わなければならないのに、三輪はその後もしばらく動けなかった。
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