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 金曜日、三輪は制作部所属の三名と共に、見知らぬ女性たちと向かい合っていた。男四名に対し、女性側は三名。歳は二十代前半だろう。判で押したように、そろって巻き髪にワンピースだ。おまけにさっきからテーブル周辺に、百貨店の化粧品売り場のような甘ったるい匂いが立ち込めている。  取引先の受付嬢だそうだが、会話を楽しむには相手が若すぎる。店が騒がしい居酒屋などではなく、落ち着いたイタリアンレストランだったのがせめてもの救いだった。  会話に加わるのも面倒なので、飲みたくもないワインをチビチビ飲んで居心地の悪さをごまかす。グラスが空になる度に恐縮しながら注いでもらうのが億劫で、途中からグラスワインを頼むことにした。 「今日三輪さんが着てらっしゃるスーツ、明るいネイビーなのに派手に見えなくて、すごく上品。どこのブランドのお品ですか?」  会話に混ざろうとしない三輪に気を遣ったのか、斜向かいの席の女性が話しかけてくる。それを無視するほど、三輪も子供ではない。 「体に合わせて作ってもらってるんです。既製品はどうもしっくりこなくて、仕方なく」 「ヘアスタイルも清潔感があって素敵ですよね。行きつけの美容室があったりします?」 「ええ。もうずっと同じヘアサロンに通っています。オーナーに任せていればいつも間違いないので」 「へえ、専属のヘアスタイリストさんみたい」  三輪が月一で通っているバーバー中谷は、駅構内にあるという立地のよさもさることながら、千円というポッキリ価格で髭まできっちりあたってくれる。客の髪のクセや顔立ちなんかは気にもならないらしく、男性客の髪型はもれなくセンター分けのツーブロックだ。  ちなみにスーツは実家の近くにある仕立て屋で、毎年新調するようにしていた。ご近所のよしみで安くしてもらえるので、ブランドもののスーツを買うよりずっと安く上がる。  女性はなおも話を続けようとしたが、それよりも先にグラスに口をつけて、強引に会話を終わらせた。  それにしても退屈だった。服装だの髪型だの、本気でどうでもいい話題ばかりだ。これなら金を払ってユキナと話をしている方がよほど有意義に思える。隣に目をやると、葉山とその向かいの席の女の子が、春のおすすめデートスポットという、これまたどうでもいい話題で盛り上がっていた。  ふと、会話に興じていた葉山が、スマートフォンを取り出す。連絡先の交換でもするのかと思えば、女性の話に相槌を打ちながら右手で器用に画面をタップし始めた。用が済むとスマートフォンをポケットにしまい、ちょっといいかなと参加者たちに呼びかけた。 「急で悪いんだけど、男もう一人増やしていい? きれいな女の子と赤坂で飯食ってるって自慢したら近いし今からこっちにくるって」 「ええ、もちろん。人数が多い方が楽しいし」  女性たちに異論はないらしく、顔を見合わせて笑顔で頷く。反対に男性陣の表情は渋い。競争相手が増えることが面白くないのだろう。だが三輪にとっては都合がよかった。  慣れないワインを何杯も飲んだせいで、さっきから少し眩暈がする。参加者が一人増えるのなら、具合が悪いことを理由に退席しても問題なさそうだ。  もうすぐ帰れると思うと、ようやく少し肩から力が抜けた。気が緩んだことで、一気にアルコールが回る。途端に気分が悪くなり、三輪はたまらず葉山の肩に頭を凭せかけた。 「三輪? なんだよお前、もう酔ったのか?」  グラグラと乱暴に体を揺すられ、吐き気まで込み上げてくる。もうダメだと思った瞬間、誰かの手がそっと背中に触れた。
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