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「すみません、散らかってて」  三輪に座るように勧めると、香川は床に散らばったワイシャツやネクタイを手早く拾い集めた。前回ここを訪れた時はまるでモデルルームみたいに片づいていたが、今日はやや雑然としている。あの時が特別で、いつもはこんな感じなのかもしれない。 「こっちこそ、また手ぶらできてしまってすまない。次こそはと思ってたのに」 「そんなの気にしないでいいですよ。播磨だってあの日は主任がくるから気を利かせただけで、いつもは食うだけ食って帰っていくんだから。水かお茶、飲みますか?」  三輪が要らないと答えると、香川は集めた洋服と着ていた上着をソファに放り、三輪の隣に座った。うっかり正座なんてしてしまったので、香川も倣ってラグの上に正座をする。 「それにしてもどうして主任がコンパなんて……播磨から聞いた時はビックリしましたよ」 「半分は勢いだったけど、もう半分は確かめたかったんだと思う」 「確かめる?」  横から顔を覗き込まれ、三輪はゴクリと唾を飲み込んだ。  香川を女性と出会うための場所に行かせたくなかった。同時に女性と向き合って自分がどう感じるのかを確かめたかった。そして思い知ったのだ。女性と話をしていても、好意的な目を向けられても、香川といる時のように不可解な感情に振り回されはしなかった。  言動の一つ一つにいちいちペースを乱されるのも、いつもの自分を見失うほど動揺してしまうのも、香川に対してだけだ。 「――中学生の頃、泥酔した義父が母と間違えて俺にキスをしてきたことがあった」  突然の告白に、香川が瞠目する。その目に嫌悪の色が浮かんでいないことを祈りながら、三輪は話を続けた。 「酒臭い息を吹きかけられて、無理やり舌を捻じ込まれた。口中舐め回されて、息ができなくて……、俺は義父を突き飛ばして自分の部屋に逃げ込んだ」 「トラウマの相手ってお義父さん……? もしかしてその後何かされたんですか?」 「ないよ。義父は本当に酔って間違えただけだ。俺にキスしたことなんて覚えてもいない」  笑って言うと、香川はあからさまに安堵した様子で息を吐いた。 「部屋に逃げ込んで、俺が何をしたと思う? 気がついたら下着の中に手を突っ込んで一心に性器を扱いてた。粘ついた体液を手のひらで受け止めた時は本気で死にたくなったよ」  口に残る苦い唾液を味わい、熱い舌が口中を這い回る感触を追いかけながら射精した。あれが初めての自慰だった。 「怖かった。義父にキスされて嫌だったのに、どうしようもなく興奮した自分が」 「……お義父さんを好きだったんですか?」 「もちろん好きだ。だけど恋愛感情じゃない。義父といてもドキドキなんてしないし、母の伴侶として認めてる。あのキスはただのハプニングだ。でもそのハプニングが、気づきたくないことを俺に気づかせた」
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