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「ナイスタイミング! 主任も見てくださいよ、彼女が作ってくれた俺への愛情弁当――」  歩み寄ってきた播磨が、言葉を不自然に途切れさせる。遅まきながら葉山の存在に気がついたらしい。 「あっ、お疲れ様です、葉山課長。お食事中にうるさくしてすみません」 「お疲れ。俺はもう行くからここ座れば? 弁当一つでそこまではしゃげるなんて、若いっていいよな。毎日楽しそうで羨ましいよ」  いちいち癇に障るもの言いにカチンとくるが、言われた当人は席を譲られて礼なんて言っている。 「またな三輪。そうそう。香川、この間はサンキュー。顔出してくれて助かった」 「いえ。お役に立てたのならよかったです」 「またなんかの時は声かけるよ。じゃあな」  香川とよくわからないやり取りをして、葉山が食堂を後にする。その姿が見えなくなると、播磨は三輪の正面に、香川はその隣の席に腰を下ろした。 「葉山が言ってたこの間ってなんのことだ?」 「先週制作部の接待に駆り出されたんですよ。女子受けするからって、たまに呼びつけられてるんです、こいつ」  香川の代わりに応えた播磨が、不愉快そうに眉を寄せる。三輪にしても面白くなかった。  葉山が花形と言うだけあって、営業の人間は忙しい。外回りが多いので、溜まった事務作業をこなす時間を捻出するのに苦労する。つき合いで飲みに誘われることも多く、プライベートな時間は限られていた。断りたくても香川たちのような若手社員に拒否権はない。 「気が進まないなら次からは遠慮なく断っていい。葉山には俺から言っておくから」 「いやいや、葉山課長より播磨の方が質が悪いですよ。今日は一日外なのに、手作り弁当のお披露目のために呼び戻されたんですから」 「またまたー、本当は楽しみなくせに。主任も見てみたいでしょ? じゃじゃーん!」  威勢のいいかけ声と共に、播磨が包みを開ける。中から出てきたのは、懐かしいアルミの弁当箱だった。蓋を開けるなり、桜色のハートが目に飛び込んでくる。他にもタコの形をしたウインナーだの、星型にくり抜いた人参だの、見ているこちらが恥ずかしくなるようなアイテムが目白押しだ。 「やべ……、なんか超感動するんだけど」 「愛されてるな、播磨。幸せそうで何よりだ」  自分だったら絶対にごめんだが、播磨は桜でんぶで描かれたハートを眺めて涙ぐんでいる。この弁当を作った彼女なら、この先も播磨と上手くやっていけるような気がした。 「へえ、美味しそう。彼女、料理上手だね。眺めてないで食べてみれば? あ、主任。そのトマトもらってもいいですか?」  無言で皿を差し出すと、香川は大きめに切られたトマトを一口で頬張った。 「香川、トマトなんて好きだったの?」 「まあね。はいこれ、お返しです」  播磨に頷き返し、香川が三輪の皿に豚カツを一切れ載せる。真ん中の、一番美味しそうなところを。 「あー香川がまたいいカッコしてる。腹減った、カツ定じゃ足りないって言ってたくせに」 「そうなのか? ならこっちの唐揚げもよかったら食べてくれ」  トマトもだが、山盛りの唐揚げにも辟易していた。渡りに船とはこのことだと、香川の皿に唐揚げを二つ放り込む。すると香川はじゃあお返しにこれをと、高野豆腐の卵とじが入った小鉢を寄越した。これではきりがない。 「面倒くさいことしてるなあ。もう最初から二人でシェアして食ったらどうですか?」  桜でんぶを口の端にくっつけた播磨が、三輪と香川を交互に見て言う。つられて香川に目をやると、向こうもこちらを見ていた。 「俺は全然オッケーですけど、でも主任は一人で静かに食事がしたいんじゃないですか? 食堂でも滅多に見かけないし」  探るような眼差しを向けられ、三輪は目の前の皿に視線を落とす。  つけ合わせのサラダからトマトが消え、揚げたてのカツが載っている。見ているだけで胸が焼ける大ぶりの唐揚げは、箸休めにぴったりな小鉢に替わった。まるで錬金術だ。  香川がいればこの先も心置きなく社食で定食ものを頼める。葉山だって香川の前ではさっきのような絡み方はできないだろう。  三輪は悩んだ。悩みに悩んだ末に、香川を苦手な食材処理係兼、人除けとして利用することに決めた。煩わしさよりも、メリットの方が大きいと踏んだのだ。  三輪が了承すると、よほど意外だったのか香川と播磨が目を瞠る。居心地の悪さを感じて唐揚げにレモンを絞ってやったら、部下の二人は無言で顔を見合わせ、なぜかおかしそうに笑った。
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