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「っていうか、彼女たちの目当ては主任なんじゃないかな。孤高の存在だと思ってた主任が俺とランチなんかしてるから、自分もワンチャンあるかもって機会を窺ってるとか」 「いや、それはない」  真顔で断言すると、香川は今度こそ偽物じゃない笑顔を見せた。 「もしかして無自覚なんですか? 同期の女の子たちの中にも主任のファンだって言う子いっぱいいますよ。変にガツガツしてないところがスマートで素敵だって」  ここはおそらく喜ぶべきところなのだろう。だが女性から好意を寄せられていると聞いても、気分が高揚することはなかった。それどころか妙に白けた気持ちになる。  あの忌まわしい記憶がある限り、普通の恋愛はできない。そうしてずっと線を引いてきたからか、自分が女性とどうにかなることなど、想像もできなかった。  三輪にとって唯一現実味のあるもの。それは自分の体内で他人の温度を感じた、あの日の記憶に他ならない。  後頭部をすっぽり覆う大きな手。口内を無遠慮に犯す熱くうねる舌。うっすらと伸びた髭が肌をこするゾクゾクするようなあの感触―― 「三輪主任?」  男の訝しげな声に、もの思いを遮られる。顔を上げると、思った以上に近い場所に香川の顔があった。 「うわっ?」 「主任!」  驚きのあまり腰が浮き、バランスを失った体が後方にグラリと傾ぐ。無意識に伸ばした腕を香川が捉え、どうにか転倒を免れた。 「あっぶな……」 「――っ!」  手首に他人の熱を感じ、肌がザワリと粟立つ。思わず大袈裟に手を振り払ってしまい、香川の顔からスッと表情が消えた。 「あ……、わ、悪い」 「すみません。強く掴みすぎました。手、大丈夫ですか?」 「ああ、別になんともない」  手首をさすりながら答えると、香川は表情を緩め、何事もなかったかのように椅子に座り直した。 「食堂の床ってどこも滑りやすいですよね。会社だと革靴だからよけいに。あ、これさっきのオクラのお返しです」  忘れるところでしたと、トッピングの味玉を三輪の皿に移す。  思えば最初の日も香川は三輪に卵焼きを譲ってくれた。高野豆腐の卵とじをくれたこともある。好物をあっさり見抜いた男が、三輪の態度のおかしさに気づかないはずがない。  後ろめたい気分で、味玉に箸を突き立てる。甘辛いスープをたっぷりと吸った味玉は、頬の内側がむずむずするほど美味しかった。
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