24 教師と生徒 

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24 教師と生徒 

 アランの回復は目覚ましく、最初は宿の1階と2階を行き来するだけで精一杯だったのが、段々と距離を伸ばし、今では一日に何回か、宿を出てベルと共に町の中を散歩できるまでになっていた。 「すっかり元気になったねえ、よかったねえ、どんどんとよくなるねえ」  食堂で宿のおばさんがニコニコしながら食事の度にそう言ってくれる。 「おばさん、まるで次は俺が空でも飛びそうなほどに言ってくれるんだな」 「おや、そんな軽口まで聞けるようになったんだね。そんじゃもっとたくさん食べて、本当に空を飛んでお見せな」 「無理だって」  そんな会話を聞き、周囲に座っている他の客たちもドッと笑った。  楽しそうな笑い声が響く食堂で、ただベルだけが、なんとなく喉に何か詰まっているような、そんな感じでかしゃかしゃと皿の上の肉を突っついている。 「おいガキ、食いもん粗末にすんな。そんなことすんなら俺が食うぞ」 「るせえなトーヤ、こうやってから食うんだよ、邪魔すんなよ!」  そう言って木の皿を急いで引き寄せる。 「だいぶ上手に食べられるようになったよね」  シャンタルがニコニコしながらそう言う。  あれからナイフやフォークの使い方も教えてもらって、うまく使えるようになってきた。  それだけではない、他にも知らなかった色々なことを教えてもらい、ベルの世界は広がってきていた。  本当なら7歳のときから10歳の今までに時間をかけて覚えてきただろうことを、この短い間、ほんの半月の間で詰め込んだのだから大変ではあった。だが、そんな時間を今まで持てたことがないだけに、ベルは何もかもがうれしく楽しかった。 「じゃあ、食事が済んで、アランと散歩に行ってきたら、また昨日の続きをやろうね」  今では毎日、シャンタルが字や計算、それからおおまかではあるが世界の歴史などの話をしてくれる。アランの体調が整うまではベルに特にやることはなかった。それでそういう話になったのだ。 「どうせそうしてぼーっとして俺に悪態ついてるだけだろうが、だったら字の一つでもその空っぽの頭に入れとけ、ガキ」  トーヤは相変わらず名前を呼んではくれなかったが、そう言ってどこかで手に入れてきた文字の本などをベルに押し付けた。  あの日、アランとベルがこの先雇ってもらえるところがないかと探してきたと言ったあの日、重そうに置いた荷物の中身がこれであった。 「そうだね、アランの具合もよくなってきたし、いいことだね」  そうして、一度はトーヤが教えようともしてくれたのだが、ケンカになってどうにもならなかった。 「だからな、ここは、こう、こうだ、やってみろ」 「きったねえ字だなあ」 「なんだと、まだ読めもしないおまえにそんなこと言われる覚えはない。書いてみろってんだよ」 「わっかんねえ、こんな汚え字」 「こんのガキ!」 「うるせえおっさん!」  お互いに噛みつかんばかりになって、実際にベルが張り倒され、仕返しをしようとしてはその手を止められまた張り倒されるの繰り返しになる。 「もう、トーヤちょっとどいてて、私がやるから」 「おまえだとレベル高すぎるだろうが、だからまだ庶民に近い俺様が直々に教えてやろうってのに、このガキ」 「おれだっておっさんよりきれいなシャンタルがいい!」 「なんだと、こんのクソガキ!」 「おっさんおっさんおっさん!」 「クソガキクソガキクソガキ!」 「だから、やめなさいって」    そうしてもうトーヤには手を出させず、その日からシャンタルが教師、ベルはその生徒になった。 「じゃあ、そっちはおまえに任せるが、俺はこっち教えてやる」  そう言って、嫌がるベルをまた猫の子のように外に引き出し、木を削った軽い模擬刀(もぎとう)を握らせ、 「いいか、どこからでもいいからかかってこい」 「こんの、ちっくしょー!」  ベルが飛びかかると軽くいなし、 「ほれ、そんなへっぴり腰でどうする」  と、尻を蹴ってすっ転ばせる。 「こんの……」 「悔しかったらな、ちょっとでも俺にかすらせるぐらいやってみろ、ガキ」 「くそー!」  ベルはそうして転びながらトーヤに飛びかかるが、残念なことに、ほんの少しもかすることすらできない。 「分かったか、これが俺とおまえの差だ、恐れ入れ、ガキ!」 「くそー!」 「だから持ち方がダメだってんだよ、ここをこうだ、ほれ」 「知るかー!」  やたらめったら模擬刀を振りまくるが、全部避けられた挙げ句に、 「アホか」  とん、と蹴っ飛ばされてまた転ぶ。 「基本を大事にしろってんだよ、ちゃんと言うこと聞け」  そう言って、ころんだベルの手にきちんと模擬刀を握らせる。   「ほれ、こうだ。そう持ってこう振ってみろ」  へろへろになって、やっとベルが言うことを聞く。  トーヤが普通にやってみろと言っても、ベルが言うことを聞かないだろうことは分かっていた。  それでへとへとになり、逆らえなくなってからこうして言うことを聞かせているのだ。 「ほれ、立てよガキ」 「くっそ……」 「まずは素振りだ。俺に当てたいならがんばって振るこったな」 「くっそおおおおお!」 「もっとゆっくり、数だけ振っても形が崩れちゃなんもならんからな」 「くそおおおおおおおおっさん!」 「ガキ!」    はたかれながら、それでも日に日に剣の腕前も上達してきた。
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