26 その日 

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26 その日 

 その日、食堂から戻り、それぞれが自分の位置についた。  部屋に入ってすぐにあるベッド、ずっとアランが寝かされていたベッドで今は兄と妹が一緒に、奥にあるベッドにはシャンタル、そしてその横のソファがトーヤの寝場所となっていた。  それぞれがその場所に腰かける。  しばらく誰も何も言わず座っていたが、やがてトーヤが口を開いた。 「おまえもかなり元気になったよな」    アランに言う。 「はい、おかげさまで」 「そんで、傷の具合はどうだ?」 「ええ、かなり良くなって、今は動かないとほとんど痛みません」 「ってことは、動くとまだ痛いってことか」 「まあ、多少は。でもこれは、そんなにすぐなくなる痛みじゃないでしょう」 「だろうな」  トーヤが思い出すように言う。 「中で腐ってたからなあ。そこに肉が盛って、すっかり元通りになるには少しばかりかかるだろう。そんで見た目は、傷は残るだろうな」 「ええまあ、それは。ずっと腹をめくって生活するわけではないし、見た目よりも命拾った方がでかいです」 「まあ、そう言ってくれんならいい。野郎の見た目なんざ、そんなに気にするやつもいねえだろうしな。かわいいお姉ちゃんが見た時にちょっくらびっくりするぐらいだ」  トーヤが片目をつぶり、からかうように言う。 「まあ、そんな機会もないですし」 「今はまだ、な」  意味ありげに言ってさらに笑ってみせる。 「トーヤさんは、そういう傷ないんですか?」 「俺は、ないことはないが、そこまででかいのはない」 「すごいな。長いこと戦場で生きてるんでしょう?」 「まあな」 「死ぬような目にあったこと、ないんですか?」 「死ぬような目にはあったが、戦場じゃなかったしな」 「え?」 「まあ、生きてりゃそういうこともあるってこった」  そう言い切られ、どうしたのかとかはもう聞けない雰囲気になってしまった。 「で、だな」    トーヤがソファに座り直し、安物のソファがギシリと鳴った。 「どうすんだ?」  やはりその話をするつもりであったのだ。  ベルが身を固くして、アランがそれに気がつく。 「この先だよ。俺は言ったよな? 戦場から足を洗ってこの町か、ここが嫌なら他の町でもいい、腰を据えて平和に生活しろって」 「はい」  アランの右側に座っていたベルが、兄の右手を左手でギュッと握った。    ベルの気持ちは聞いている。  トーヤとシャンタルとずっと一緒にいたいのだ。  だがトーヤは戦場には来るなと言う。  つまり、この先は別れると。 「で、その覚悟はついたのか?」 「それなんですが……」  アランが握られた右手をじっと見る。 「俺、傭兵としてやってけませんか?」 「何を?」 「トーヤさんはさっき、筋がいいみたいに言ってくれましたよね?」 「ああ、悪くはないな」 「だったら、俺、この先も傭兵としてやってけませんか?」 「おまえ……」  トーヤがじっとアランを見つめる。 「おまえな」 「はい」 「どのぐらいの間傭兵やってた? そんで何回ぐらい戦に加わった? そんで何人ぐらい殺した?」 「それは……」  最後の質問にアランが言葉を止める。 「いつ、何人殺した?」  もう一度、少し形を変えてトーヤが聞く。 「戦に加わったのは4回で、その、4人、です……」 「内訳は? いつ、どこで殺した? 最初にやったのはいつだ?」  アランは少し答えに困るような顔をしたが、答えないわけにはいかないと、心を決めたように続ける。 「最初の戦では、やり合うのが精一杯でした。だから、もしかしたらやりあってケガした相手が俺みたいになって、後で何かあったということはあったかも知れないけど、その時は誰にそういうこと、ありませんでした」 「そういうことってなんだ?」  トーヤが言葉を薄めることを許さないという風に聞く。 「誰も、殺してません……」  アランがやっとそう答える。 「そんじゃ、初めて殺したのはいつだ?」 「2回目の戦です」  アランが思い出すのもつらそうに言う。 「2回目の時、俺と同じぐらいの若いヤツとやりあって、俺の剣が、相手の胸に……」 「そうか、とどめを刺したんだな?」 「はい……」 「それで、残りの3人は?」 「もういいじゃんかよ!」  ベルがたまりかねて言う。 「なんでそんなこと聞くんだよ! 兄貴だってつらいのに聞かなくていいだろ!」 「黙れガキ」  トーヤがベルを冷たい目で見て言う。 「傭兵続けるってことはな、そういうことなんだよ。分かってねえガキは黙ってろ。そんで次だ、続けろ」 「はい」  アランがベルを制して続ける。 「2人目と3人目は3回目の戦です。どっちも俺よりもっと年上の人でした。どっちもあまり腕が立つようではなくて、やりあってるうちに俺がやっと勝ったって感じです」 「4人目はその次の戦か?」 「はい、この傷をつけられた相手です」  アランはそう言って、左腹にある傷に目をやった。 「見て分かるように、やっと勝ったって感じです」 「そうか、それで終わりか」 「はい」  そう言ってアランが黙り込む。  思い出してつらいのだろう、自分が手を汚した記憶が。 「俺のを教えてやろうか」    トーヤが冷たい目のまま続ける。 「覚えてねえ」 「え?」 「もうな、そんな数とか、いつどこで誰をどうやったかなんかな、覚えてもいられないぐらいやった、ってんだよ」
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