28 死神の弟子 

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28 死神の弟子 

「スレイ兄は俺の5歳上で、体の大きい人でした。力も強く、村の若いもんの中でケンカしても負けたことなくて。だから、俺は兄が負けることなんて考えたこともなかった。これからもずっと兄がこうして俺たちを守ってくれる、そう思ってました。けど違った。そんな生活が一年ほど続いたある日、今から一年ほど前、本当にあっけないほど兄は命を落としました」  その日のことをアランが取りまとめるように説明する。  スレイ兄は強い人で、どの戦に参加してもいつも手柄を上げてそこそこの収入を得るようになっていた。  それが、見た目は小さくてあまり強そうもない、そんないわゆる「雑兵(ぞうひょう)」とぶつかった時、ふいっと足を滑らせた瞬間にやられた。  一瞬のことだった。  アランは信じられなかった。  スレイ兄は一瞬弟と妹を見、そのまま目を閉じて動かなくなった。  ほぼ即死であった。  戦が他の場所に移動していった後、急いで兄のそばに駆け寄り、急いで兄を担いで戦場から遠ざかった。  兄の胴体には一つだけ傷があった。 「おそらく、心臓を一突きだったと思います。足を滑らせた隙に、もしかしたら偶然のように敵の一撃が急所に刺さったのかも知れません。そんな感じでした」 「そうか」  トーヤが感情を交えずに答える。 「それがどれだけ信じられないような一瞬でも、嘘のようなことでも死は死です。兄は死にました。どれだけ本当は兄の方が強かった、そう言っても戻せることでもありません。結果は出てしまったんですから」 「それで、それが分かってるのに、おまえはそんな場所へ戻るって言うのか?」 「はい」 「なんでだ?」  トーヤが理解できないという顔になる。 「もしも」  アランが続ける。 「俺とベルがこの町に腰を据えると決めたとします。その後、この町にこれからずっと戦が来ない、そんな保証がありますか?」  そんなものはない。  アランとベルの故郷だって、そんなものが来るなどと思ったことはなかったのだ。  だが、戦はやってきて、全てを奪っていった。 「俺は、もうそんなのは嫌なんです。もしも、そんなことがあっても俺が強かったら、少なくとも妹だけは守ってやれるかも知れない。だから」  アランがキッとトーヤを睨んだ。 「俺も死神になりたい」  はっきりとそう言う。 「兄は人でした。兄がもしも死神だったら、あんな瞬間はなかったかも知れない」  アランが一つ息を吸って言う。 「俺を、死神の弟子にしてください、トーヤさん、あなたと同じ死神にしてください」  アランはまっすぐにトーヤを見つめた。  その目に揺らぐものはなかった。 「あなたは自分のことを『腕も運もあるし死神だ』、そう言いました。俺も腕と運がほしい、そして死神になりたい。そうして生き抜きたいんです」  トーヤがアランをじっと見つめる。  アランの言葉をどう受け止め、どう感じているかは分からない。 「お願いです、俺を死神の弟子にしてください」  もう一度アランが正面からトーヤを見て言う。  ベルは兄の横顔をじっと見ていた。  ベルは、兄を地獄へ導きたくないから、死神にしたくないからトーヤとシャンタルにさよならを言うと決めたのだ。  なのに兄は自分からその道を選ぶと言う。  死神になりたいと言う。  どうすればいいのだろう。  ベルは兄の横顔を見つめながら、言葉もなくじっとするだけ。 「おまえはそれでいいとする」  トーヤがアランを見ながら口を開いた。 「で、そのガキは、妹はどうするつもりだ?」  言われてベルがハッとして兄を見た。 「ガキ」    トーヤがベルに聞く。 「おまえはどうしたいんだ?」 「お、おれ……」  ベルは考えてもみなかったのだ。  まさか、トーヤとシャンタルと一緒に行くという道が、そういう道だとは。 「どうした、言ってみろ」  ベルがどう言っていいのか困っていると、シャンタルがこう言った。 「ベルは正直に自分の気持ちを言えばいいんだよ。それがベルが選ぶ運命だから」 「おい」  トーヤが少し(とが)めるような目をシャンタルに向ける。 「トーヤだって分かってるでしょ? 運命はそれを持っている本人が決めるんだよ」  トーヤが言葉なくシャンタルを見つめる。  その目の色がどんな感情からきているのかは分からない。  それほど深く、様々な色が混じった色に見えた。 「そうだな」  やがて、トーヤは一言だけそう言った。  そうして黙ってベルの言葉を待つ。  トーヤと、シャンタルと、そしてアランが。 「お、おれ……」  ベルは混乱していた。  兄は死神の弟子になる、死神になる。  じゃあ自分は?  どうすればいいのか。  じっと考えていて思い出した。  あの日。  アランが死の淵をさまよっていたあの日。  当てもなく草原へ駆け出したあの日。  自分は何かに呼ばれたのだ。  いや、違う、誰かを呼んでいたのか?   どちらかは分からない。  だが確かにあの日、自分は自分の運命を求めて、あの草原を駆け出したのだ。  その運命の先で見つけたもの。 「銀色の魔法使い……」  ベルの口から自然にその言葉が流れ出していた。 「そうだよ、おれ、おれは」  そうしてシャンタルをキッと見つめた。 「おれは、銀色の魔法使いの弟子になる!」 「無理だな」  ベルの決意をすくい上げて投げ捨てるようにトーヤが即答した。 「私も無理だと思うよ」  「銀色の魔法使い」本人もそう言った。
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