29 ベルの進む道 

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29 ベルの進む道 

「なんでだよ! やってみねえと分からねえだろ!」  ベルが必死に反論するが、 「いや、やってみなくても分かる。なんでかというとな、こいつの魔法は習って習えるもんじゃねえんだよ。普通だったら魔法使いの弟子ってのもできるのかも知れねえが、こいつのは無理だ」 「うん、トーヤの言う通りなんだ」  シャンタルが気の毒そうにそう言った。 「じゃあ、じゃあ、おれが一緒にいこうと思ったら、どうすりゃいいんだよ! おれも死神になりゃいいのかよ!」 「それも無理だ」  またトーヤが即答する。 「おまえにはアランほどの素質も腕も、そして覚悟もねえ」    トーヤが初めて「アラン」と名前を呼んだ。   アランがそれに気がつき、驚いた顔でトーヤを見る。 「アランの覚悟のほどは分かった。だから俺が一人前の死神に育ててやるよ。まあ、運の部分は無理だけどな。ただ、腕や生き方を教えてやることはできる。そんだけの覚悟があるなら、やってみろ」 「じゃあ」 「ああ、勝手に付いてこい」 「ありがとうございます!」  アランがそう言ってベッドに座ったまま深く頭を下げた。 「トーヤだ」 「え?」 「さん付けはなしだ。そう呼べないなら連れていけねえ」  師匠と弟子なら普通逆だろ、とベルは心の中で言う。 「じゃあトーヤ、よろしく頼みます」 「敬語もな、そういうの気色わりいんだよ」 「わかった、じゃあトーヤよろしく頼む」 「それと、弟子じゃねえぞ? 師匠だのそういうめんどくさいのもいらねえ。仲間になりゃいい。そんで俺がやってること覚えてみろ。まあ少なくとも一年以上は生きてけるだろう。おまえらに寿命がありゃな」 「分かった」  アランの道は決まってしまった。    ベルはではどうすればいいのか、魔法使いにも死神にもなれないとしたらどうすれば。 「ベルはそのままでいいんだよ」  ハッとして顔を上げると、銀の髪、褐色の肌、深い深い緑の瞳の魔法使いがベルを見ていた。 「おいで」  言われるまま、立ち上がり、歩いてシャンタルの前に立つ。 「私はベルと一緒なんだ」 「え?」 「ベルは、自分の言葉がアランを傭兵にして戦場へ行く道を選ばせた、そう思ってるんでしょ?」  少しの間じっとして、それからベルがこっくりと頷いた。 「私もそうなんだよ。私が、トーヤに戦場へ行く道を選ばせたんだ」  意味がわからずベルがシャンタルとトーヤを交代で見る。  トーヤは何も言わずじっと黙ったままベルとシャンタルを見ている。 「そして、私がトーヤに人の命を奪わせている。よく分かっているんだ。ベルは、自分がアランにそうさせようとしている、そう思って苦しいんだよね」 「シャンタル……」  ベルの目にじわっと水が浮かぶ。 「おれ、おれ、だって、2人といたいって思っただけで、兄貴に、そんなこと……」  言葉にならなくなる。 「それは違うぞ」  アランがきっぱりと言う。 「俺はな、スレイ兄が死んでおまえと2人になった時、あの時に覚悟を決めたんだ。どうやっても生き残るってな。その先にトーヤがいた。おまえがどう思おうと、俺の道は決まってたんだ」 「兄貴……」 「そうだな」    トーヤも言う。 「シャンタル、俺もそうだ」  黒い瞳が緑の瞳に向けられる。 「あの時、おまえを連れていくと決めた時、俺も覚悟を決めてた。だから戦場に戻るかも知れない、そう言ったのを覚えてないか?」 「覚えてる、気がする?」 「おい」  深刻な話なのに、2人で笑い合う。 「だからまあ、おまえのせいじゃねえ。俺から言い出したことだ、場合によっちゃ戦場に戻るってな。それでいいと言われたし」  誰が言ったんだろう?  ベルはそう思ったが聞けなかった。 「そんで、おまえはどうすんだ? なんか覚悟が決まったのか?」  トーヤに言われるが、ベルはふるふると頭を横に振るだけだ。 「おれ、おれは、なんもできねえし、どうしたらいいんだろう……」  ベルがどうしていいのか困っていると、 「うん、ベルは一緒にいてくれるだけでいい。だってね、こうしていてくれるだけで私は元気になれるから」 「そんなこと……」 「あの時、ベルの声が聞こえた」    あの日のことを、あの草原で出会った時のことを言っているのだ。 「あの声がね、私には救いに聞こえた」 「変だろ」  ベルが困惑して言う。 「だって、おれ、助けてって言ったのに」 「うん、その助けを求める声が私の救いになったんだ」  シャンタルがにっこりと笑う。 「私の魔法ね、治癒魔法って言ってるけど、見てて分かるように、本当はそうじゃないんだ。その人の生命力を強めて治す手伝いをしてるだけ、それしかできない。そしてね、その時に命が尽きる運命の人はどうやっても助けられない。無力だよね」 「そんなことない!」  ベルが反論する。 「だって、兄貴は助けてもらった!」 「うん、確かにね。でも、もしかしたら、私と出会わなくてもアランは助かったかも知れない、せいぜいそのぐらいの力なんだ本当は」  シャンタルが美しいため息をつく。 「だけどね、ベルがアランを連れてきてくれて、その小さな足で一生懸命歩いて私をこの町まで連れてきてくれた」 「逆じゃね? 俺が連れてきてもらったと思う」 「ううん、違わないよ」  またシャンタルが微笑んだ。
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