30 ベル 

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30 ベル 

「あの時、私たちは他の戦場へ行く途中だったんだ、それで急いでいた。そうしたら誰かの声が聞こえて、そちらに行けと私は言われた。だからベルがこの町に連れてきてくれた、が正しいんだよ」 「なんか、わけわかんねえ……」  ベルが言うとシャンタルがクスッと笑った。 「まあ、そういうことだと思ってくれたらそれでいいよ」  やっぱりよく分からないままだ。 「さっきも言ったよね、運命はその人のものだって。だから、トーヤもアランも自分で自分の運命を選んでるんだ。それは分かる?」 「なんとなく……」 「だから、ベルも自分の道を自分で決めればいい」 「でも、おれ、剣も使えないし魔法も使えないし、そんで、いたら邪魔になるだけだし」  ベルの顔がくしゃっと歪む。 「なあアラン、こいつ、おまえが戦場にいる間どうしてたんだ?」 「サポートみたいなもんですね。後ろから敵が来そうだとか、そっちは危ない気がするとか。なんか勘がいいんですよこいつ。そう言ってもらってかなり助かってました。それに、こいつ守らなくちゃと思ったら、生き残るのにも必死になれた」 「なるほどな、そんなことでもなきゃ、おまえはもっともっと前に土の下だっただろうさ」    トーヤが愉快そうに言う。 「おいガキ」  トーヤがじろっとベルを睨む。 「俺たちと来るってことがどんなことかもう分かったよな? それ分かった上で、おまえは地獄に付き合う覚悟はあるのか? 一緒に来たら、そりゃ色んなもん見るし、いろんな目に合うぞ? どこかの町で落ち着いたら、もしかしたら、どこぞの優しい夫婦の子にでもなって、そこで幸せな生活送るってこともあるんだぞ? 普通の生活ってのが手に入るかも知れねえんだぞ?」 「それならある!」    この質問になら答えられるとベルは思った。 「おれ、おれ、父さんと母さんと兄さんがいなくなって、もうこれ以上誰かとさよならするの絶対嫌だと思った。兄貴と2人になって、まわりは怖い人間ばっかりで、もうこれ以上さよならするのが嫌な人間なんて増えないと思ってた。そしたら2人と会ったんだ。2人とは何があっても離れたくない!」 「まあ、その気持ちはありがたいけどな、けど、運命がそう言うなら、俺たちとも時期が来りゃさよならしなくちゃいけねえ、それだけは覚えとけ」 「そんな……」  ベルがまた言葉をなくすと、 「うん、それだけは覚えておかないとね」  と、シャンタルも言う。 「でもね、私も、少なくとも今は、ベルとさよならしたくない。それでいいかな?」 「シャンタル……」  シャンタルがベルににっこりと笑いかけた。 「それでいいよね、トーヤ?」 「しゃあねえなあ」    トーヤがふうっと息を吐きながら笑う。 「トーヤは、最初からベルを気にいってたよね」 「嘘だろ!」 「いや、本当だよ」 「だって、蹴るしはたくし、ガキって言うし」 「ガキじゃねえか」 「ほら、また」  シャンタルがベルが言い返す前にそう言って笑った。 「気にいってるから、だから名前を呼ばなかったんだよね、別れる時が辛くなるから」 「え」  ベルがトーヤを見ると、すねたように横を向いた。 「勝手に言ってろ。ただな、俺たちと行くってことは本当にそういうことだ。それだけじゃねえ、他にも色々あるしな」    トーヤが真剣な目をしてそうつぶやいた。 「まあ、俺は今でも、アランは覚悟を決めたからあれとしても、ベルだけはどこかに預けて、普通の生活をさせてやった方がいいとは思ってる」 『ベル』  初めてトーヤがベルの名を呼んだ。 「それは本心だ、よく覚えとけ、ベル」  ベルは胸がいっぱいになった。  名前を呼んでもらえただけで、人はこんなに幸せになれるものなのだ、と思った。 「分かったよトーヤ。けど、おれの幸せはおれが決めるからな? それも分かっとけよな、おっさ、いで!」 「今度それ言ったら置いてくからな、それも分かっとけ!」 「いっつも痛えんだよ!」 「ほら、また」  シャンタルがそう言って笑い、 「まあ、どっちにしても、アランがもうちょっと動けるようになるまでもう少しここにいるからね、気が変わったらまたそう言ってよ。ここに残りたいとかね」 「絶対ないから! おれ、気持ち変わることないから! 絶対4人で一緒に行くんだからな!」 「俺は気が変わるかもしんねえなあ……こんな生意気なクソガキ、そのへんにポイしたくなるかも知れねえ」 「ならねえよ!」  ベルがトーヤをキッと(にら)んで言った。 「だってな、トーヤは俺を気にいってる! もう分かったからな! だから兄貴と俺とシャンタルと、ずっと4人で行くんだからな! 覚えとけよ!」 「おま……」  トーヤが呆れたように口を開き、アランがたまりかねたように吹き出した。 「トーヤ、諦めてくれよ、こいつ、どうしようもないバカなんで、こう言い出したら何言っても無理だ。諦めて連れていくしかねえ」 「ほんっとバカだな」    トーヤが丸かった目を横になった三日月のようにした。 「まあこんだけのバカ、他に預かってくれるとこもなかろうし、しゃあねえ連れてってやるよ」 「おう、頼むよな! って、誰がバカだ、このおっさ、いで!」  そうして、4人は仲間になった。  この先が「新しい嵐の中へ」導く道だとは、まだはっきりとは見えていないが、その道を進むために。
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