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第1章
ザーザー降りの雨。
バシャバシャと水溜まりを踏む音。
先程から道端に止まったままのワゴン車は事故でも起こしたのだろうか。
骨組みは折れて、おまけにところどころ穴の空いているお気に入りのピンクの傘は、ほとんど機能していないから肩はびしょ濡れ。もちろん、そこにかかる髪もびしょ濡れ。
童顔隠しの黒ぶち眼鏡、黒髪に黒パーカーに黒スキニー、ついでに靴紐まで黒いスニーカーの真っ黒コーデ女のそんな姿は、周りから見ればなんとも滑稽だろう。
それでも三十路前の変人は年甲斐もなく、くるくると傘を回しながら、鼻歌で迅る気持ちを抑えつけ帰路を急ぐ。
いつもは長引く残業が、今日は早く終わったのだ。それでも世間からしたら遅いのだけれど、長い長い拘束時間に慣れている楓にとっては両手をあげて喜べる時間だ。
そうだ。せっかくなら、もっと近道をして帰ろう。
楓は来た道を少し戻り、路地裏に続く抜け道に入った。
骨組みの折れた傘がギリギリ通れるぐらい道幅の狭いこの道で、人通りなど見たことがない。
きっと10分……いや15分は短縮して帰れる。
一人笑壷に入りながら抜け道に入った瞬間──楓の表情は虚無に変わった。
そこには、人間が立っていた。
左手にはナイフ、右手にはスマホを持って、何かを見下ろしている。
ゆっくりと、視線の先を目で追う。
悲鳴が出そうになった。
そこには、おそらく先程まで生きていたであろう男が、赤い水溜まりに尻をつき、力なく壁にもたれかかっていた。
どうしよう……という思考すら止まっていた。
それでも無意識のうちに後退って。足元で、バシャっと音が鳴った。
しまった。と、思った時にはもう遅かった。
……こちらを向いたその人は、年端もいかない少年だった。
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