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Ⅶ
彼は自らを「メルクリウス」だと名乗った。神を冠するには、十分すぎるほどの力だった。
「貴様はどうやって、その力を手に入れた」
私は壁にもたれたまま、メルクリウスの方を向いた。錬金術の名残なのか、黒い蝶が辺りを漂っている。
「なに、簡単なことさ。あんたも片目を差し出して、知恵の酒を欲するといい」
彼は左目の眼帯を指差して、薄ら笑いを浮かべた。錬金術の成功のために、彼は片目を抉り取り、人体錬成の材料にしたらしい。
「それか鮭でも焼いて、親指を火傷するのはどうだ? 怪我が嫌なら、悪魔を崇拝したっていい」
……私はおそらく、馬鹿にされているのだ。私みたいな素人が、踏み込むべき道ではないと。
「それよりもあんた、俺に一体、何の用だ? ホムンクルスでも、作らせるつもりか?」
彼は落ち着き払った様子で、黒い蝶の羽をむしった。虫の命を奪うなど、彼にとっては容易いことだった。
「……作れるのか、傀儡の人間を」
「無論、材料が揃えば、いつでも作れる。人さまには、全く歓迎されないがね」
やれやれと言わんばかりに、肩をすくめる彼。世界中を転々とし、足がつかないように生き続けるには、このようなわけがあった。世の中には、「倫理」という問題があるのだ。
「以前、軍部に追われていたと聞いたが」
「軍の人間からしてみれば、使い捨ての人間はいくらいたっていいからな。だが、俺は軍の飯が嫌いだ。不味くてまずくて、食えたもんじゃない」
部下の持っていた甘ったるいチョコレートを、彼は美味しそうに食べた。水銀にしろ、菓子にしろ、彼の味覚はかなり特殊なようだ。
「それに、後々戦争に負けでもしたら、大勢の前で処刑される。弟子もいないってのに、勘弁してほしいね」
包み紙を器用に畳み、燃え盛る炎の中に入れる。それは一瞬ののち、黒い灰になった。
「……私の目的は、貴様の保護だ」
私がそう言うと、彼は薄気味悪い笑みを浮かべた。その本心がどうであるか、私には全く分からなかった。
「貴様の力は、まさに神にも等しい。それこそ、下らん世論に潰されては、名残惜しいぐらいにな」
私は葉巻を取り出して、口からゆっくり、息を吐いた。彼はそれを、じっと見ていた。
「弟子探しの途中なら、それにも手を貸してやる。いずれにせよ、一人で逃げ惑うのは危険だろう」
部下をドアの前に立たせ、出入り口を完全に塞ぐ。彼が申し出を呑まないのなら、存在を抹消するだけだ。
「……もし、断ると言ったら?」
「貴様の命も、ここで終わりだ」
私は銃を取り出して、彼の胸に狙いを定めた。ケルト十字の刻まれた、私の愛用する銃を。彼はそれを、目ざとく見つけた。
「――あんたまさか、第二次世界大戦の親ドイツ派か? つまるところ、ネオナチってやつだな?」
「鋭いな。つまり、そういうことだ」
私は冷たい銃口を向け、彼の儚い生死を握った。我々が再び蘇るためには、彼は必要な人材だった。
「はぁ、全く……。錬金術なんかできたって、ロクなことにならないね」
彼はそう言いながら、ひらひらと舞う蝶を弾いた。光の粉をまとったそれは、粉々になって砕け散った。
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