異形の落とし児

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「なんで死ぬのよ、もう……!」  一葉は爪を噛んだ。なんでもなにも、一葉が殺したくせに。  乙葉とて(むくろ)を前に動転しているのだが、一葉が「なんとかしなさいよ」と叫ぶから、震える声を振り絞った。 「……墨烏(すみがらす)を呼びましょう。どうせ、隠しても血の臭いで知られてしまいます」 「そんなことしたら、あたくしが連れて行かれてしまうじゃない!」  墨烏はこの里の治安を取り締まっている者たちの総称だ。彼らは血の臭いがあれば、執念深く嗅ぎまわすきらいがある。  乙葉はおずおずと口を開く。 「今ならば、まだ牢に入れられるだけですよ……」 「いやよ、そんなの!」  一人殺せば洞の中、二人殺せば山の中、三人殺せば沼の中。  この里に住む者ならば、誰でも知っている掟だ。殺したのが一人であれば牢屋に入れられ、二人であれば鉱山で襤褸(ぼろ)切れのようになるまで働かされる。そして殺したのが三人ならば、音無しの沼に落とされる。  音無しの沼には、悪しきものたちが棲んでいる。落とされれば、その餌食。  悪しきものがなんなのか、実のところ乙葉はよく知らない。里の者も、みなそうだろう。姿を知っているのは墨烏くらいなものだと思う。しかし、悪しきものは無惨で最悪な生き物なのだと、誰もが認識している。  ――どうせなら、あと二人殺してくれればよかったのに。  牢に入るのは嫌だと子どものように地団駄を踏む一葉に、そんなことを思ってしまった。  ふいに、一葉が乙葉を見る。乙葉は考えていたことが知られてしまったような気がして、びくりと肩を揺らした。しかしそれは杞憂だった。杞憂だったけれど、喜ばしくもなかった。 「ああ、そうだわ、乙葉!」  一葉は前触れなく、にっこりと微笑んだ。 「あんたがいるじゃない!」  乙葉の心臓がどくんと鳴った。嫌な笑顔だ。 「私が、なんですか……?」 「だから、あんたが一葉になればいいのよ。だってあたくしたち、最悪なことに顔は瓜二つなんですもの。いや、今回の場合は幸いかしらね」 「は」 「そうよ、そうだわ! あんたが一葉になるの。下女を殺したのは、あんた。あたくしが乙葉になるなんてのも最悪だけれど、まあ、牢に入るよりはましだわ。ね、そうしましょ! とりかえっこよ!」  一葉は愉しそうに、にっこり笑みを浮かべた。
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