8人が本棚に入れています
本棚に追加
「なんで死ぬのよ、もう……!」
一葉は爪を噛んだ。なんでもなにも、一葉が殺したくせに。
乙葉とて骸を前に動転しているのだが、一葉が「なんとかしなさいよ」と叫ぶから、震える声を振り絞った。
「……墨烏を呼びましょう。どうせ、隠しても血の臭いで知られてしまいます」
「そんなことしたら、あたくしが連れて行かれてしまうじゃない!」
墨烏はこの里の治安を取り締まっている者たちの総称だ。彼らは血の臭いがあれば、執念深く嗅ぎまわすきらいがある。
乙葉はおずおずと口を開く。
「今ならば、まだ牢に入れられるだけですよ……」
「いやよ、そんなの!」
一人殺せば洞の中、二人殺せば山の中、三人殺せば沼の中。
この里に住む者ならば、誰でも知っている掟だ。殺したのが一人であれば牢屋に入れられ、二人であれば鉱山で襤褸切れのようになるまで働かされる。そして殺したのが三人ならば、音無しの沼に落とされる。
音無しの沼には、悪しきものたちが棲んでいる。落とされれば、その餌食。
悪しきものがなんなのか、実のところ乙葉はよく知らない。里の者も、みなそうだろう。姿を知っているのは墨烏くらいなものだと思う。しかし、悪しきものは無惨で最悪な生き物なのだと、誰もが認識している。
――どうせなら、あと二人殺してくれればよかったのに。
牢に入るのは嫌だと子どものように地団駄を踏む一葉に、そんなことを思ってしまった。
ふいに、一葉が乙葉を見る。乙葉は考えていたことが知られてしまったような気がして、びくりと肩を揺らした。しかしそれは杞憂だった。杞憂だったけれど、喜ばしくもなかった。
「ああ、そうだわ、乙葉!」
一葉は前触れなく、にっこりと微笑んだ。
「あんたがいるじゃない!」
乙葉の心臓がどくんと鳴った。嫌な笑顔だ。
「私が、なんですか……?」
「だから、あんたが一葉になればいいのよ。だってあたくしたち、最悪なことに顔は瓜二つなんですもの。いや、今回の場合は幸いかしらね」
「は」
「そうよ、そうだわ! あんたが一葉になるの。下女を殺したのは、あんた。あたくしが乙葉になるなんてのも最悪だけれど、まあ、牢に入るよりはましだわ。ね、そうしましょ! とりかえっこよ!」
一葉は愉しそうに、にっこり笑みを浮かべた。
最初のコメントを投稿しよう!