異形の落とし児

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 牢の中は湿った空気に満ちていたけれど、乙葉はたいして気にしなかった。地主の娘ということもあってか、扱いはさほど悪くない。思っていたよりも快適だ。これならば、一葉と自分を入れ替えなくてもよかったのではないか、と思ってしまう。 「一葉、起きているか」 「ええ」  その名で呼ばれるのも、すっかり慣れた。  乙葉を牢に連れてきた墨烏の男とは、牢の格子越しに時折話すようになった。鋭く尖った空気を持つ彼は近寄りがたいが、どうも正義感の強い男らしいと知った。そんな彼が、乙葉に言った。 「」  乙葉はゆっくりと、男の瞳を見返した。  音無しの沼に――。  やっと、きた。  血が全身をどくどくと回る感覚がする。  それを悟られまいとして、乙葉はゆっくり呼吸する。 「――そうなの」 「屋敷に住み込みで働いていた庭師の一家、三人を殺した罪だ。屋敷の者も、血濡れで庭師の住む小屋から出てくる乙葉を見たという」 「あらあら」 「しかし乙葉が、自分はやっていないと頑なに言っているのだ」  墨烏の男はそこで一度言葉を区切った。 「自分は乙葉ではなく、一葉なのだ。庭師一家を殺したのは、自分ではない。今、牢に入れられている女の方だ――と、そう言っている」  乙葉は鼻で笑った。 「見苦しいことね。あたくしが一葉よ。その五月蝿くわめいているのが乙葉。まさか、あの出来損ないの言葉を信じているわけではないでしょう?」  墨烏の男が不愉快そうに眉をひそめた。 「――三人殺しは、沼の中」  朗唱するように、男が言う。 「乙葉は今夜、音無しの沼に落とされる」  乙葉は笑みを浮かべた。  庭師とその母、そして妹。  三人を殺したのは、たしかに自分だ。  庭師の手引きで彼らの襤褸小屋に入り、彼の手を借りながら、母と妹を殺した。それから最後に彼も殺した。それは乙葉の罪。まだ、手には彼らを殺した感覚が残っている。  一葉の下女殺しの罪を引き受けて、乙葉は牢の中に入った。  ならば乙葉の庭師一家殺しの罪を引き受けて、一葉は沼の中に入ってもらわなければ。だって入れ替わりを望んだのは、一葉なのだから。それが道理だろう。  庭師が囁いた、馬鹿げているけれど甘い誘いは、たしかに彼が言うようにうまくいったようだった。 「お前は冷たいな。姉妹だろうに」  墨烏の男は眉をひそめた。乙葉は笑う。 「あたくしたちは、ただの姉妹じゃない。双つ子よ」 「双つ子だろうと、血を分けた家族だろう」  乙葉は一瞬、表情を崩した。屋敷の者がみな、こんな男のようであったら、どれだけよかったか。でももう遅い。 「あれを姉妹だと思ったことなんて、一度だってないわ」
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