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その夜、乙葉は墨烏の男に連れられて牢を出た。麻縄に縛られて歩かされ、ついた先は音無しの沼だ。さして大きくもない池の周りには松明が焚かれ、その真っ赤な炎が沼に映っている。
濁った水の臭いと、生き物の腐った臭いとが鼻をつく。
反対側の岸に、小舟が一隻とまっていた。縄で雁字搦めにされ、口に布を詰められた一葉が乗っていた。
彼女の死に際を見せて、家族の情でも湧かせようというのだろうか。それとも悲惨な処刑の場を見せることもまた、乙葉への罰なのか。墨烏の考えることはよく分からない。とにかく乙葉は、彼女が裁かれる場に連れてこられた。
「見ろ」
墨烏の男が、沼を指さす。
沼の中には、なにかがうごめいている。細長いそれは龍のようにも見えるけれど、神聖な龍にたとえるなんて罰当たりだと、乙葉は即座に反省した。それらは禍々しい臭いを発している。沼に立ち込める生き物の腐った臭いは、それが発しているもののようだ。
これが、悪しきものたち。
時折水面にぎょろりとした目が浮かんだ。不快になって、目を逸らした。墨烏の男は慣れているようで、鋭い目で沼を見下ろしている。
一葉を乗せた小舟に、別の墨烏の男がひとり乗り、すーっと音もなく沼の中央へと漕ぎ入れる。
「罪人は、あの舟から落とされるのだ」
親切にも墨烏の男が説明した。そうなの、と乙葉は頷いた。
ふと、一葉と目があった。彼女はこぼれそうなほどに目を見開いた。きっと布をくわえていなければ、叫び出していただろう。
「可哀想ね、あの子」
入れ替わりなんて、言わない方がよかったのだ。馬鹿な子。
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