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やがて、舟を操っていた男が一葉を抱えた。一葉は必死に身をよじる。芋虫みたいだ。それでも男は意に介さなかった。一言二言、一葉に話しかけている様子がある。一葉の動きがぴたりと止まった。そして。
男は沼の中へと、一葉を投げ入れた。
水音が鳴る。
それまで好きなように沼を泳いでいた悪しきものたちが、訓練された犬のように集まるのが見えた。ばしゃばしゃと水が跳ねる。屋敷の池の鯉たちに餌を投げ入れたとき、こんな風だったなと思い出す。
松明の揺らめきが映った沼の水は、燃えているようだった。
音は、しばらく続いた。
時折、悪しきものたちの尾が水面に出て、びしゃりと水を打つ。そのたびに不快な臭いが鼻を突いた。しかし乙葉は、魅入られたように微動だにせず、沼を見つめ続けた。
そうして――いつしか沼は、静かになった。
墨烏の男が、牢に戻るぞと声をかけた。
乙葉は腕を引かれて、歩き出す。
清々しい心持ちだった。
庭師のおかげで、乙葉はやっと解放された。
唇が弧を描く。
「間引きましょ
間引きましょ」
道すがら、乙葉は口ずさむ。
もともと双子の片割れは、悪しきものたちの落とし児なのだ。ならば一葉は、親の元に帰っただけのことだろう。なんの問題もないではないか。
――私は、やっと自由になった。
墨烏の男が眉を寄せた。乙葉は、にっこりと微笑む。
双つ子は 悪しきものたちの落とした児
間引きましょ
間引きましょ――……
(了)
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