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「先生」にさようなら
「先生」
いつだって、あなたは遠い人だった。
「先生」
僕は、ずっと背中を追いかけるしかなかった。
「先生……っ!」
待ち合わせ場所は化学準備室。
廊下は卒業した生徒たちが、わーわーと騒いでいる。
そんな喧騒から切り離された場所に、僕は入った。
居た。
先生は、そこに居てくれた。
先生が振り向く。
そして、微笑んで、僕に言った。
「もう、先生じゃないだろ?」
「っ……」
先生が僕を抱きしめる。
高校を卒業するまでは駄目だって言って、どれだけ頼んでもしてくれなかった抱擁。
それは、あたたかすぎて、僕のことを溶かしてしまいそうだった。
「卒業、おめでとう」
「……うん」
「今日から、好きに呼べば良い」
「……うん」
僕は先生の下の名前を呼ぼうと思った。
けど、恥ずかしくてなかなか言葉にならない。
そんな僕の頭を、先生は優しく撫でてくれた。
「恋人として、これからはよろしく」
「……はい!」
今日から僕は、僕たちは、ただの男同士。
もう先生と生徒じゃない。
恋人、なんだ……。
くすぐったい響きを口の中で転がす。
今日という特別な日を、僕は一生、忘れないだろう。
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