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「──あ」
真綿で首を絞めるような走馬燈から醒めて、私は今の状況を把握する。
魔法少女と戦う化け物。その二体目に襲われ、逃げた先の廃ビルの頂上から放り出された。
掴むものは何もない。ただ重力に引かれ、コンクリートの床を目指し墜ちていく。
視界の端で、街頭の時計が12時を回るのが見える。
風切り音に混ざって、撫子が必死に呼びかけているのが聞こえる。
──当たり前だ。私はただの人。自由に空を舞うなんてできっこない。
「……あの子だったら、飛べたんだろうな」
流れる雫よりも早く墜ちながら、そんなことを呟く。
羽のない私では、飛べない。ただ、暗闇に沈んでいく。
『ほんとに?』
…誰の声だ。聞き覚えのある気がする。
『本当のきみは、そう思ってるの?』
胸元にいるマーリンが光ると、徐々にその姿を変えていく。
「──あ」
舞い降りる、輝くばかりの君。
あの日見た、私の心に灯った光。虹のように輝く、夢の存在。
「──ごめんね。ずっと一緒にいるって、約束したのに」
視界が滲む。フタをした感情が、溢れてくる。
「子供じゃいられないから。そんなのはわかってる。いつか、きみから卒業しないとならないって、本当は認められなかった」
塩分がこぼれる。
「あなたと離れてしまって、分かったよ。私は、アニメのきみを見ている大人にじゃなくて、きみになれると思っていたんだ」
止まらない、堰き止め続けていた心の声が。
「そんな簡単なことに気がつくのが、あまりにも遅かった。気がついた時には、もうあなたのようにはなれない、汚い色に染まってしまった」
ずっと、誰にも言えなかったキモチだった。
もう何もかもが手遅れだ。あと数秒で、羽のない私はコンクリの上に叩きつけられる。
「まだ、遅くないよ」
彼女の小さな手から、私に何かを渡される。それは小さな、赤く丸い石だった。
「…これ、は」
忘れもしない。絵葉書のお便りの抽選で当たった、あの子の変身アイテム。
遠い記憶に置いてきた、不思議な石。私はそれを強く握り締める。
「───」
あの子が微笑む。それは紛れもなく、私が夢見ていた頃の──、
「──おかえり」
心は決まった。あとは、合言葉を3回唱えるだけ。
「リカヒ・タース・ルリグ…」
あの日見た、何色にも染まらない光。それらが集まって、輝きを吸い込むような夜空を思わせる黒い翼へと変わる。
「…行こう」
外聞、常識、建前…そんなもの知るか。今度こそ、私は、私だけの、魔法少女になるのだ。
十二時過ぎの夜空に、宵闇色の翼が鈍い残光を放ちながら飛翔した。
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