だから私は

9/9
前へ
/9ページ
次へ
「──あ」  真綿で首を絞めるような走馬燈から醒めて、私は今の状況を把握する。  魔法少女と戦う化け物。その二体目に襲われ、逃げた先の廃ビルの頂上から放り出された。  掴むものは何もない。ただ重力に引かれ、コンクリートの床を目指し墜ちていく。  視界の端で、街頭の時計が12時を回るのが見える。  風切り音に混ざって、撫子が必死に呼びかけているのが聞こえる。 ──当たり前だ。私はただの人。自由に空を舞うなんてできっこない。 「……あの子だったら、飛べたんだろうな」  流れる雫よりも早く墜ちながら、そんなことを呟く。  羽のない私では、飛べない。ただ、暗闇に沈んでいく。 『ほんとに?』 …誰の声だ。聞き覚えのある気がする。 『本当のきみは、そう思ってるの?』  胸元にいるマーリンが光ると、徐々にその姿を変えていく。 「──あ」  舞い降りる、輝くばかりの君。  あの日見た、私の心に灯った光。虹のように輝く、夢の存在。 「──ごめんね。ずっと一緒にいるって、約束したのに」  視界が滲む。フタをした感情が、溢れてくる。 「子供じゃいられないから。そんなのはわかってる。いつか、きみから卒業しないとならないって、本当は認められなかった」  塩分がこぼれる。 「あなたと離れてしまって、分かったよ。私は、アニメのきみを見ている大人にじゃなくて、きみになれると思っていたんだ」  止まらない、堰き止め続けていた心の声が。 「そんな簡単なことに気がつくのが、あまりにも遅かった。気がついた時には、もうあなたのようにはなれない、汚い色に染まってしまった」  ずっと、誰にも言えなかったキモチだった。  もう何もかもが手遅れだ。あと数秒で、羽のない私はコンクリの上に叩きつけられる。 「まだ、遅くないよ」  彼女の小さな手から、私に何かを渡される。それは小さな、赤く丸い石だった。 「…これ、は」  忘れもしない。絵葉書のお便りの抽選で当たった、あの子の変身アイテム。  遠い記憶に置いてきた、不思議な石。私はそれを強く握り締める。 「───」  あの子が微笑む。それは紛れもなく、私が夢見ていた頃の──、 「──おかえり」  心は決まった。あとは、合言葉を3回唱えるだけ。 「リカヒ・タース・ルリグ…」  あの日見た、何色にも染まらない光。それらが集まって、輝きを吸い込むような夜空を思わせる黒い翼へと変わる。 「…行こう」  外聞、常識、建前…そんなもの知るか。今度こそ、私は、私だけの、魔法少女(なりたい自分)になるのだ。  十二時過ぎの夜空に、宵闇色の翼が鈍い残光を放ちながら飛翔した。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加