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──子供の頃の話だ。私は、ヒロインになりたかった。
キレイな衣装に身を包み、魔法で青空をキャンパスにして飛び回り、どんな時もくじけない。
強くて優しい心を持った、みんなを幸せにする女の子。
テレビに向こうに映るその姿は、言葉では言い表せないくらいに格好よくて、幼い私は釘付けになっていた。
心に秘めた合言葉。3回唱えればいつでも素敵な魔法でキラキラ輝く《あの子》のようになれる。
そう信じていた。自分のようなどこにでもいる女の子でも、素敵な魔法をかけられて、誰でもない特別な存在になれると。
『子どもっぽい』
──ノイズが走る。誰の声だったっけ。
『えー、そんなことより…』
いつからだろう。日曜日に早起きすることはなくなったのは。
『…まだそんなの見てるの?』
いつからだろう。あれだけ夢中になったものを、押し入れの奥にしまい込んでしまったのは。
『魔法なんてあるわけないじゃん』
いつからだろう。キラキラした魔法なんて存在しないと思うようになったのは。
「いいよ。もう卒業したから」
…いつからだろう。あの合言葉を忘れてしまったのは。
自分でも気が付かないうちに、抱いていた夢が現実に塗り潰されていた。
そんなものは存在しない。どこにでもいるような、特別の欠片もない子供は、つまらない大人になっていた。
将来の夢を書く、真っ白な紙切れを手に、私は街頭テレビに流れるヒロインを見る。
「──違う」
そんな呟きが漏れて、ふいに視界が滲んでいく。
つまらない自分とは違う。あの何色にも染まらない、輝くばかりの《あの子》と、いつの間にか遠く離れてしまった。
…それが、どうしようもなく悲しかった。
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