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「いやー、ご迷惑をおかけしました」
閃光を切り裂きながら、何事もなかったようにふわりと舞い降りる少女。
直後、弾けるように光が放たれると、フリフリのドレスから、年頃の女の子らしい普通の格好に変わっていた。
「……どうしました? どこかお怪我を?」
声を掛けられ、ハッとする。目を疑うような事態が連続したせいで思考が滞っていた。
「ごめんなさい。大丈夫よ」
「そうですか? ならなによりです」
さっきまで派手に戦いを繰り広げていたにも関わらず、彼女は私の心配をする。
心の余裕か、彼女の気質か。いずれにせよ、私には眩しい限りだった。
『お疲れ様、撫子。夜遅くにごめんね』
と、横から喋るぬいぐるみが入ってきて女の子を労う。
「いいよいいよ。世のため人のため、だもんね」
珍獣と話す女の子。どう見てもフィクションの世界でしか見られない光景だった。
その様を呆然と眺めていると、ふいに彼女は何かを思い出したような素振りを見せてこちらへ向き直る。
「あ、すみません。自己紹介がまだでした。わたし、天ノ川撫子っていいます。小学5年生で、魔法少女やってます」
「あ、はい。守園麗奈と申します。ご丁寧にどうも」
小学生とは思えない丁寧な態度に、またかしこまって一礼する。
「…あの、色々聞きたいことはあるけど。これ大丈夫なの?」
私は無惨なスクラップと化した車両を指す。しかし、ふたりは大して気にするような素振りを見せない。
「ああ、それなら大丈夫です。…ところで、時計って持ってます?」
質問に首を傾げながら、彼女に見えるよう腕時計を見せる。時刻は10時半を回っていた。
「うん、そろそろ──」
すると、次の瞬間。ガラスが砕けるような音と共に、目が眩む。
「うわっ…!?」
急な揺れによろめくが、咄嗟に撫子ちゃんが支えてくれたお陰で、手すりに頭をぶつける事態は避けられた。
気がつくと、さっきまでボロボロになっていた筈の電車内は、何事も無かったかのように傷が消え走行していた。
「これは、いったい…?」
『《ミラー空間》が解除されたからね。あそこで物がいくら壊れても、現実には影響しないよ』
「…なんて?」
すまない。いきなりの専門用語は頭がついていけない。
「まあ、見も蓋もないコトを言うと、いくら周りが壊れても大丈夫なご都合空間…ですね」
うん。本当に身も蓋もないが、これ以上なく簡潔で腑に落ちる説明だった。
何事もなかったかのように運転再開する電車の揺れが、先程の非日常から現実感を引き出させる。
「──あ」
ふいに、電車のそれとは異なる音が転がってくる。大きな腹の虫の音。発生源は──、
「あ、あはは…」
照れくさそうに撫子が苦笑する。考えてみれば、あれだけ暴れ回って年頃の女の子がお腹を空かさないほうがおかしいか。
「…良ければ、御馳走するよ?」
「いいんですか!!?」
物凄い食いつき。思わず一瞬慄いてしまったが、すぐに平静を取り戻す。
「とりあえず、降りてからね」
そういうわけで、終点で降りた私達は、駅近くのファミレスに赴いた。
ちなみに、事実上無賃乗車な撫子は、何故かマーリンをかざすと普通に改札を通過した。
曰く魔法の力らしいが、詳しくは突っ込まなかった。
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