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会計を済ませて店の外に出る。レシートを眺めながら逡巡していると、撫子は遠くをじっと眺めていることに気がつく。
「──来る」
ぼそり、と彼女は呟く。その眼は、先程までの年相応の女の子のそれとは異なっていた。
「え、来るって──」
『ミラー展開!』
その刹那。マーリンから放たれる光が、ドーム状に広がっていく。
直後、背中から炙られるような熱さに振り返ると、さっきまで居たファミレスが文字通りの灰になっていた。
そして前へ向き直ると、爆炎を放ったと思しい、大きなトカゲの怪物が立ちはだかる。
「…今日は多いなぁ」
がっくしと肩を落とす撫子。定時ギリギリで追加の仕事を押し付けられたような、よく覚えのある顔をしていた。
『撫子!』
「うん。わかってるよ」
撫子は首から下げている三角形のアクセを宙へ放り投げ、軽く深呼吸する。
「──煌く閃光は鎧に、祝福の風は翼に、勁き炎はこの胸に!」
聞いたことのない。けれど、どこかで見たような掛け声と共に、体が閃光に包まれる。
「──シュトラールナデシコ、ただいま参上!」
そして、光が晴れると、煌めくような白いドレスを纏う。
「じゃ、いきなりで悪いんですけど…」
了解を得るまもなく、撫子は私とマーリンの体を抱きかかえる。
「ちょ……え?」
十代前半の女の子とは思えない膂力で軽々と持ち上げられ、思わず手足をバタつかせてしまう。
「ごめんなさい、口閉じてて!」
そして、一気に駆ける。言われたとおりに口を閉じていなければ、思い切り舌を噛んでいた。
ジェット機もかくやの勢いで、夜の街は目まぐるしく過ぎ去っていく。
大トカゲも追いかけては来るが、それでもじりじりと引き離されているようだ。
「すみません。守りながらじゃ厳しいので、安全そうなところまで連れて行きます!」
私はぶんぶんと首を縦に振って答える。
「飛びます。しっかり掴んでて!」
今度は直角に翔ぶ。物理法則を一切無視したデタラメな挙動で、気がつくと私達は夜景を見下ろしていた。
俯瞰した街の光景は色合いがネガポジ反転していて、車をはじめとした動くものが何一ついない、文字通りの無人だった。
「これがミラー空間。さっきファミレスが爆発したけど、通常空間に戻れば綺麗サッパリ無傷になるんです」
『とはいえ、1時間が限界だからとっとと片付けよう』
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