0人が本棚に入れています
本棚に追加
──子供の頃の私がいる。その手には、お世辞にも上手いとは言えない絵を手にしていた。
ぐちゃぐちゃの線で、ほとんど落書き。レイアウトも何もあったものではない。
──でも、あれは。
「──はじめて褒められたっけ、あれ」
はじめて描いたのは、番組に送る絵葉書のお便り。あの子と一緒に並び立つ私を夢想して描いたっけ。
れなちゃんはお絵かきが上手と、周りから褒められて描き続けるようになった。
自分は特別だ。そんなことを考えた時期もあったけど、続けていくうちに何時しか本当に好きになっていった。
とにかくいっぱい描いた。あの子からは子供っぽいと置いてきてしまったけど、これだけは必死に持ち続けた。
自分だけのキャンパス。特別なもの。
もうあの子描くことはないけれど、自由に描きたいものを描いて、そして──、
「君、才能ないよ」
──染まっていく。自分だけのキャンパスに、どうにもならない染みが次々に滴っていく。
色々な技法を学んだ。文字通り青春を捧げた。自分にしかできない、特別なナニモノかになれると思ったから。
「……なに、これ」
──そして、現実を叩きつけられた。
ひと目見てわかった。仮に私が審査員だったとして、どれだけエコヒイキしても同じ結果だったと思う。
死に物狂いで描いた私の絵は入賞が精一杯で、その絵は大賞を獲得した。
原石を擦り切れるほど磨いても、決して敵わない才能の輝き。
特別になるには、アレを越えないとならない。あまりにも分厚い壁を前にして、私は──、
「──私は、なんで描いてるんだっけ」
そう思った瞬間、何かがぷつりと切れた気がした。
全てを投げ売ったとしても、アレには勝てない。ただ傷付くだけだ。それなら、特別な何かなんて──、
──そうして、私は筆を折った。十年以上かけて築き上げてきたものは、ゴミと消えた。
私はまた、同じ過ちを繰り返した。
傷つくのが怖くて、ちっぽけな自分を守るために、望んでもいない汚い色に染まるのだ。
大切にしてきたものを置き去りにして、今ここにいる私には、何が残っている?
何も残っていない。私は、特別ではない、つまらない人間になった。何者でもない。
最初のコメントを投稿しよう!