#1 名前

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「野川さぁーん」  ーーーまただ。  キーボードを叩く手を止め、デスクでげんなりする私に、高らかな声が迫ってくる。 「野川さーん、野川さんってばぁ!」  語気を強めながら私の斜め後ろまで来た声が、肩を叩く。 「もー、なんで無視するんですかぁ!野川さん!」 「山崎です」  反論と共に振り向くと、声の主である総務部の平野が、きょとんと瞬きをした。  周囲の空気が張り詰めるのを肌に感じる。  ここはなるべく冷静に、冷静に。 「え?どうしたんですかぁ?野川さん」 「ちょっと…色々ありまして」 「色々って?野川さん何かあったんですかー?」 「離婚したんです!昨日!」  つい荒らげた声に、はっとして周りを見回すと、全員、何も見てませんとばかりに一斉に顔を背けた。  ーーーやってしまった。  気まずい空気の中、平野は、今日付で変わった私のベストの名札を覗き込んで、 「あーっ、ほんとだ!野川さんってヤマザキさんだったんですね!」  などと、きゃぴきゃぴしながら笑顔で言い放った。  私は頭の上に重々しく垂れ込める憂鬱に、軽く項垂れて応える。 「ヤマサキです…」
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