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ウッ、と胸を押さえているうちに、黒沼さんはさっさと行ってしまった……が、わたしのいまするべきことはそれではなく。来客があるかチェックしてお茶出し、お茶出し……。
さっきの黒沼さん。エモかった……。
ちょっと曲がったネクタイを直すときに、彼、じぃ……っとわたしを見つめてくれて。深い、海の底のような澄んだ瞳で。
で。
奥さんになったらこんなふうに――。
『だーから。ネクタイくらい自分で直せるっての。おい』
『ふふふ。そんなこと言って……わたしにされるの、だぁいすきなくせに……♪』
『だーからおまえに合わせて屈むの疲れんだって。はよしてくれ』
『うふふ。だぁいすきよダーリン♪』――永山さん。
「永山さん。……なんか髪型可愛いですね? 今朝と変わってません?」
……っと。現実に引き戻してくれたのは隣の営業部のエース、水浦さんだ。爽やかで、清涼飲料水のCMに出てきそうな好青年。「あ……、自分でやったわけではないですよ? ちょっと、寝ぐせがひどいのを直して頂いただけで……」
「ふぅん? それって、もしかして、黒沼さん?」
「えっなんで……」
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