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#00. 恋は、知らないうちに散らかっている。
――だって。思いもしなかったんだもん。
あの夏の日。蒸し蒸しとうだるように暑くって焼けるようなコンクリートの照り返しがたまらなくって……おばあちゃんがなかなか現れなくって途方にくれたあのとき。
「ほれ。飲め。熱中症になんぞ」
手渡してくれたペットボトルは既に開封済みで、なかの水がちょびっとぬるくって……それでも、飲めばからだが浄化されるようにすっきりして。いま思えばあれが人生初の間接キスだった。
おばあちゃんが戻ってくるまでずっと、ついていてくれた、涼し気な眼差しと白い肌、漆黒の髪が美しかったあの麗しい少年が。
まさか。
「――おい。来客詰まってんだからとっとと片せよ。どんくさ山が」
会議室から出てくるなり吐き捨てるように言うこの、黒沼拓己は、いま、わたしが勤務する会社の同じ部署の課長であり、上司である。――こんなかたちで再会するだなんて思わなかった。
まさか。『彼』が、このひとだなんて。神様、嘘だと言ってください。
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