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****side■優紀
魔王と聞くとどんな姿を想像するだろうか?
優紀は脱衣所に設置されている洗面台で鏡を覗き込む。腰に巻かれた白いバスタオル。首にスポーツサイズのタオルを下げたまま。
開いたままのスライド式のドア。リビングから聴こえるのは軽快でお洒落なR&B。
「いつまでそんな格好をしてるんだ」
いつの間に来たのか、腕を組んで入り口に寄りかかった理人と鏡の中で視線がかち合う。上半身裸のままの優紀はドキリとした。
今日は年上の親戚と面会する予定がある。それと言うのも理人への誤解を解くため。現在裕也が従兄に会いに行っているが、彼だけに任せておくのは良くないと思った。
本日会う約束をしているのは従兄にあたる二人。
同じ大学に通う一つ年上の【霧島咲夜】と四つ上の【姫川利久】。利久はすでに大学を卒業しているが、元は同じくK学園に通っていた。
咲夜の方は母の再婚によって苗字は違うが、実父が姫川。彼は父を幼い時に亡くしている。現在は咲夜にとって叔父にあたる【都筑】共々、恋人の家で一緒に暮らしている状況。
その家というのが本日の面会場所、大崎家。K学園では二大セレブと言われている片割れだ。
少しややこしい関係だが、叔父はその大崎家の長男と婚姻しており、咲夜は次男と恋人関係にあった。大崎家と姫川家には古くから深い因縁がある。
叔父の都筑の婚姻相手である大崎家の長男は、渦中の人物【白石奏斗】の友人であり高、大と彼と仲が良かったと聞く。
話を聞くにはこれ以上ない環境だろう。
理人は片手をポケットに突っ込んだまま洗面台まで歩いてくると大理石で出来た洗面台にひょいっと乗り上げ、優紀に手を伸ばす。
優紀が彼に顎を捉えられて目を閉じれば、触れるだけの優しいキス。
「俺が同行するのはダメなのか?」
少し不満そうな理人。
「ダメではないけど……」
正直、利久にも咲夜にも逢わせたくはない。彼らはとても魅力的だから。
叔父の都筑はそれ以上に男女問わず魅了してしまうほどの美形。絶対に逢わせたくなかった。
「三人とも、凄く魅力的だからさ」
”理人の目を惹いたら嫌だな”と素直に気持ちを吐露すれば、彼が驚きに目を見開く。そしてククっと笑うとこつんと額を合わせた。
「なんだよ、それ。可愛い」
彼の優しい笑みに優紀はドキリとする。
いつもクールに振舞っている彼が自然な笑みを見せるのは優紀と裕也の前でだけ。自分が知る限りでは。
「ま、駄々をこねても仕方ないしな。俺も用を済ませてくる」
「何か用事があったの?」
自分よりも背の低い彼は洗面台に腰かければ同じくらいの目線の高さになる。そんな彼を上目遣いで見つめれば再び口づけられた。
「頼んでおいたものを受け取りに行く」
”店にね”と言いながら優紀の髪に触れる彼の手。優紀は理人の手に自分の手を重ねた。
感じる体温。これから用があるというのに甘えたくなってしまう。
「駅前?」
「そう。デパートの中だな」
理人は再び優紀の唇を奪いながら、手を動かし髪をセットする。
「前髪、上げるのも悪くない」
理人に髪をセットされた優紀は、彼に言われて鏡に視線を移す。
「なんだ、不満なのか?」
「そうじゃないけど」
少しでも幼さを残したくて下ろしている前髪をあげられてしまうと、大人っぽく見えてしまいどう反応していいのか戸惑う。
「ホストっぽさに磨きかかってない?」
「お前はまた、周りの言葉に振り回されてるのか」
髪を染めているから余計にそう見えてしまっているのは理解しているが、やめることもできないままに振り回されているのは事実。
「人は二つに一つしか選べないんだぞ?」
彼は一つため息をつくとじっと優紀の瞳を覗き込んで。
「それは人の言葉に振り回されずに自分を貫くか。それとも周りに振り回されて自分を諦めるか。お前はどっちを選ぶ?」
頬に伸びる手。
優紀は目を閉じた。
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