営業マンはぬらりひょん

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「え、あの有名な?」 「はい、かの有名な」 「砂かけ婆と契約すると何ができるの?」 「はい。人気のない場所を歩いている人に、砂をかけたりできます」 「……それ以外は?」 「ございません」  想像以上に何もできないスタッフなんですけど。  てか、僕の魂の価値やばくない? 足元みられすぎ……? 「いや、それはさすがに嫌ですね……」  断ると、ぬらは不思議そうな顔をする。 「なかなかにいないスタッフですけどねぇ」 「いや、人間にもそんなお婆さん普通にいるからね。近所にもいたし」 「え、こわ……」  ぬらは引いていた。 「他にはいないの?」 「そうですねぇ、人生全ての幸運で『否哉(いやや)』とのご契約も可能です」 「初めて聞く名前だ。否哉はどんな妖怪?」 「はい。姿形は美しい女性なのですが、顔だけはお爺さんという妖怪です」 「……なにができるの?」 「見た人が驚きます」 「否哉は結構です。そんなお爺さん近所にもいるし」 「お客様の近所大丈夫ですか?」  ぬらはドン引きだ。僕は真実を話しているだけなのに。  多様性が認められているこの現代社会において、珍しくもない。 「とにかく、納得のいく妖怪としか契約はしたくないです」  適当な理由をつけて断ってしまおう。  ぬらは焦った表情をして、タブレットを差しだしてきた。 「でしたら直接スタッフを見てくださいませ! 気に入ったスタッフがいれば右にスワイプ、気に入らなかったら左にスワイプを……」  マッチングアプリみたいな仕様なのが嫌だ。  しかも差し出されてきた時、否哉のプロフィールだったのが余計に腹が立つ。  タブレットを突き返すと、ぬらは悔しそうに話しはじめる。 「――わかりました。一度リスケして、お客様に納得いただけるスタッフを再度提案させていただきます。画面だけじゃわからないこともあるので、スタッフとも面談をしてみてください」  ぬらはそう話すと電話をし始めた。 「あ、お疲れ様ですー。砂かけ婆さんですか?」 「だからそいつはいらねーっての!」 「うーん、困りましたね……よろしければ、お客様の具体的な願いなどをお聞かせ願えますか?」  ぬらの目がぎょろりと動く。本当のことを話したほうがいいのかもしれない。 「すいません。僕はただ、自分の力を試したかっただけなんです。自分も、なにかすごい人間になれるかもしれないって、そう思って……でも、魂や幸運を支払うのも嫌なんです」  僕が正直に答えると、ぬらはいやらしく口角を上げた。 「なんと、それなら良いご提案があります! 実は私、魔界への人材派遣サービスも兼任していまして……是非、当社にご登録いただけませんか? 能力次第でスキルアップはもちろん、キャリアアップも可能でございます」  そうして僕は、妖の悩みを解決する派遣スタッフとして働くことになった。ぬらが何度も変な妖怪をすすめてきたのは、僕をスタッフとして登録させるためだった。そのことに気づいたのは、ずっと後のことである。
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