第二話「赤い色には」2

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第二話「赤い色には」2

 次の日、私はずっと砂絵が送られてきた意味を考えていた。父から送ってきた理由はありきたりなものに飽きたからだって個人的には思うのだけど。  手紙によると砂絵に使われている砂はオーストラリアの砂浜で取られたものだそうだ。オーストラリアは日本の反対側にあると聞いている。つまりは日本が夏ならオーストラリアは冬、暖かい気候の中で開かれるクリスマスなんて変だなんて話を真美とはしたことがあった。  実際のところは行ったことないのであやふやな知識なのだけど、そんな風な知識を私は持っていた。  砂に触れながら海岸線の波の音を思い浮かべる。実際に海に行ったことはないから潮の香りというものは分からないけど、海岸の音は映画などで聞いたことがあった。 「郁恵、その砂絵、気に入った?」 「うーん、なんだか不思議な感じ」  私は話しかけてきた真美にそう答えた。 「郁恵は知ってる? 砂浜は足が取られるくらい砂がいっぱい積もってるのよ」 「公園よりずっとすごい?」 「当然よ、広大に広がる砂浜は公園よりずっとスケールが大きいのよ」 「そうなんだ・・・、真美は詳しいね」 「郁恵は行ってみたいと思わない? その砂浜へ」 「え、でも私は・・・、真美は行ったことあるの?」  真美の言葉に私の気持ちは揺れた。真美が冗談で言っているなら、凄い意地悪だ。 「うん、あるよ、海で泳いだこともね、まだ小さかった頃だけどね」  歳は近いのに、真美の方が経験豊富だなって改めて思った。  でもどうなのだろう・・・、私は海に行くのが怖いのだろうか? どっちかと言えば興味の方が大きい、だが、興味はあってもどうにも積極的になれないのはそれだけ私が病院に長く居すぎたという事かもしれないと思った。 「私が手伝ってあげる、それならいいでしょ?」  真美の言葉に反射的に私は無茶だと感じた。 「でも、大変だよ。病院の人にも怒られちゃうよ」  私の腕を握る様子を鑑みて、真美が本気であることが分かって私は動揺した。きっと大変なことになる、そういう気持ちが私に否定の言葉を言わせた。 「でも、本当は行きたいんでしょ? ずっと病院の中にいるだけなんて退屈じゃない」  そう言われて、私の気持ちは少しずつ揺らぎ始めていた。  真美の気持ちは素直に嬉しい、でも、それだけで即答できるほど、簡単な話ではなかった。 *  暗闇の中でどんな想像をすればいいのだろう。  私は迷っていた。  私にとって夜は長い。私にとって朝も昼も夜も変わらないのに、静かにただ時は流れている。それは毎日毎日昼寝ばかりしているわけではないので、眠くなったら寝るのだが、この退屈さ、この孤独さとどう向き合えばいいのか、ただ私は消えされりそうな気配の中で、息を潜めて長い夜を過ごした。  真美は本気だろう、それだけは昼間の会話で分かった。  冗談ではあるけれど、真美に騙されて一人置いて行かれる私を思い浮かべた。  嘲笑する笑い声、怯える私を笑うその声は、悪意に満ちた悪魔そのものだ。 「さよなら、頑張って一人で帰ってちょうだい」 「酷いよ、いかないで」 「足手まといなのよ、自分でもわかるでしょう?」  そう言って遠ざかっていく足音、一人取り残された私は、ただその場に座りこんで泣きじゃくるばかりで、誰かが見かねて助けに来てくれるのを願っている。  これはもしもの話しだけど、恐ろしく悲観的な妄想だった。もはや幻聴に等しい、ここまで本気で考えてしまったら心の病だろう。  この静かすぎる夜の闇がこんな歪な妄想を思い浮かばせるんだろう、真美はそんな人でなしではない、本当に優しくて、思いやりのある子だ、決して人を騙すような人ではない。  そこまで考えた後で、私は最初からもう一度考えた。  気持ちがザワザワとしたまま眠れなかった。  私は果たしてどうなのだろう。  本当に外の世界に行きたいのだろうか。  痛いのも苦しいのも怖いのも嫌だ、リスクのある行動をとるべきではない、安全であるとは言えない不確定要素に関わるべきではない、こんなに賭けに等しいことに手を出すべきではないと理性では私の中でそう告げている。  でも、私の本心は?  どこかでワクワクしている。  真美と二人きりの外出、二人だけの秘密の外出。  遠い地へと向かう、二人の旅路。  誰に頼るわけでもなく、誰が保証するわけでもない、未知の冒険。  そんな幻想に恋焦がれることは誰にでも一度や二度あることだ。それゆえに簡単に理性で否定できない、諦めきれない。  私はまだ・・・、リフレインする過去の記憶の振動。巻き戻っていく時間の中で、確かに私は沢山の事を経験してきた。  たくさん聞いて、たくさん触れて、少しでも人並みになれるように追い付こうとして、涙を堪えて頑張ってきた。嫌われないように、見捨てられないように、怒られないように、そんな日々を自分から”ない”ことにしようとしていた。  今の自分が当たり前であると、それが当然の権利であると。  そうして、どこかで、その痛みや苦しみを、どこかで忘れようとしていた。  私にとっての暗闇は暗闇じゃない。  その向こうにいつも誰かがいてくれる、そう信じている。そう信じなければどこにも行けないんだ。  私は次の日、砂浜への憧れを忘れないうちに真美に向けて、砂絵に描かれているような海に一緒に行こうと告げた。
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