今日からおれは平安貴族♪ ブルースな琵琶を弾く

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 人は死んだら、真っ暗な世界で放置されるらしい。  俺はさっきまで歩道を歩いていたんだが、突っ込んできた車に轢かれた。アッと思う間もなく、この真っ暗な場所にいる。  いや、一人じゃないらしい。声が聞こえた。 『ええと……二十六歳、男、バンドマン、交通事故。ふむ……生まれ変わり枠があるが、どうする?』  俺はちょっとだけ考えた。好奇心は強いほうだ。フットワークも軽い。生まれ変わりくらい平気だよ。 「いいけど。何に生まれ変わるんだ?」 『ちょっとまて。平安貴族……身分は六位(ろくい)、だいぶ下っぱだ』 「ふうん。ほかにも何か、選択肢はある?」  しばらくして、声が聞こえた。  『ほかは、ダンゴムシ』  ……ダンゴムシより、下っぱの平安貴族のほうがいいな。 「じゃ、六位、ってやつでよろしく!」  ふわっと、白い光に包まれた。  こうして俺は、下の下の平安貴族の男子に生まれ変わった。  ちなみに前世の記憶は残ったままだ。レアケースなのか、前世の記憶を持ったまま、成長した。  ダンゴムシじゃなくてよかったよ、マジで。  人間の記憶を持ったまま、ダンゴムシだなんて、ゼツボウしかないよね。  さて。  貴族とはいえ、六位という身分はもうギリッギリの家柄。金はないし、家はおんぼろ。食べものは少ないし、まずい。これなら令和の売れないバンドマンのほうが良かったわって、思った。  成長してからは、オヤジのあとを継いで官吏になった。  仕事は「史生(ししょう)」。役所で書類の清書をしたり書き写したりする。完成書類は上役のサインがついて、役所のどこかへ流れていく。  これ、ふつうのリーマンじゃん……。  俺は考えた。  このまま、貴族リーマンとして漫然と生きて、後悔はしないか?  人生は短い。それは前世でよくわかった。いきなり交通事故で死ぬこともある。  まあ、いまは平安期だから轢かれると言っても牛車くらいで、牛車の平均速度は時速3キロ。人間がゆっくり歩く速度と同じだから、轢かれるほうが難しい。  とはいえ、病気もある。だからもう、やりたいことを精いっぱいやったほうがいい気がしたんだ。  じゃあ、俺のやりたいことはなんだろう?  考えて、ふと気がついた。  ――音楽だ。  俺はもともとバンドのベーシストだった。二十六歳で売れないバンドをやっていたんだから、どれほどの才能か、よくわかると思う。  才能はないが、ベースが好きだった。腹に響く音。尾骶骨(びていこつ)から背骨を駆け上がっていくリズム。考えただけでも、たまらない。  だが、ここは平安期だ。ベースはない。  ベースはないが。  琵琶(びわ)なら、あるな……。  俺は一念発起して、琵琶の名人に弟子入りした。練習しまくった。仕事が終わってからひたすら練習。  どうでもいいが、平安貴族は朝型だ。早朝三時に起きて、五時過ぎに出勤する。仕事は昼で終わり。だから午後はまるまる自由時間だ。  時間はある。めっちゃくちゃ練習を積んだ。  しだいに琵琶弾きとしてかなりいいラインに食い込めるようになり、ときどきエラい貴族の家に呼ばれて、琵琶を弾くこともあった。  流しの琵琶弾きみたいなものだ。  流しのいいところは、夜に呼ばれること。金は出なくても、めしが出ることが多い。  大貴族の宴会メシは豪華だ。イノシシ肉や鹿肉、キジ肉、魚なら鯛や鯉、タコやアワビもある。ふだんとはランクが違う。  さらに、たまには豪邸に泊まらせてもらえてラッキー。きれいな女のコと、イイことがあったりして。  子どもも、できちゃたりしてね。  デキ婚の通い婚。奥さんはイイ子だったから、流し営業に文句も言わない。  そんなこんなで、リーマン貴族の琵琶弾きとして日々が充実しはじめた。  楽しかった――あの病が流行するまでは。  病は、疱瘡(ほうそう)。  別名を椀豆瘡(わんずかさ)。天然痘ともいう。  呼び名なんかどうでもいい。医療技術が低い平安時代では致命的な病だ。大勢が死んだ。  友人も同僚も上司も、隣近所もバタバタ死んだ。  妻も死んだ。子も死んだ。  俺はかからなかったが、だからどうだっていうんだ。世界は壊れてしまった。  起き上がる気力もない。何もかも、どうだっていい。  何日たべていないのか、わからなくなったころ。ふと、部屋のすみに琵琶を見つけた。  ほこりをかぶった琵琶は、ただ、静かにあった。  琵琶が、ある。  そうか。まだ琵琶がある、琵琶があるんだ。  俺はそろそろと起き上がった。  その日から、また琵琶を弾きはじめた。  先生に習った曲、大貴族のハウスパーティ用に覚えた曲、オリジナル曲など、何も考えずに弾いた。どの曲もブルースみたいに聞こえた。  切なくて、つらくて痛い曲になった。仕方がない、何もかも失ったんだから。  だが音楽は、人を立ち上がらせてくれる。  どん底にいる人に、もう一度立ち上がる力をくれるんだ。  俺は、寝食を忘れて弾きまくった。  いつしか近所から「琵琶聖人」とか呼ばれ、宮廷でも話題になったらしい。ついには帝さまから呼び出された。  月見の宴へのお呼び出し? オッケーだよ。  琵琶一面だけを持って、ぶらっと宮廷に行った。何も考えず、帝や大貴族の前でブルージーな琵琶を弾きまくった。  名曲「流泉」「啄木」「陵王」、GとEの高低差がたまらん「催馬楽(さいばら)」という庶民ジャンルのアレンジ曲、「安名尊(あなとう)」。  やればやるほど、俺と琵琶はひとつになった。帝も大貴族もすべての災厄をぬぐい去ったような、きれいな顔で、聞いていた。  天には月が、地には音楽が。  ただ音楽が、あった。  夜がふけても、俺は弾きつづけた。琵琶も鳴りつづけた。  そして夜明けとともに、俺は静かに息絶えた。  笑った顔で、息絶えた。  人は、死んだら暗い世界に来るらしい。  そうだ、思い出した。俺は平安史上最高のギグを終え、静かに死んだんだ。  年齢から言えば、早死にだったのかもしれないが、耳にはまだ最後の一音が鳴っている。  いい音だった。    暗いなか、例の声がした。 『さて、次はダンゴムシに生まれ変わるか? やめるか?』  俺は笑った。 「ダンゴムシでもバッタでもいいよ。俺のできる限りのことを、やってくるだけだ。行ってきましょう――」  ってことで。いま俺は枯れ葉の下でモゾモゾしている。頭に触角、腹には七組、合計十四本の足がある。  ――ん?  十四本の足?  これだけあれば、けっこういいリズムが刻めるんじゃないの? よっしゃ! 今生は、ロックなダンゴムシで決まりだな!    俺は枯れ葉の下でひっくり返り、十四本の足をバタバタさせた。  あっ、エイトビートっぽい。こりゃいいや――。 【了】
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