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本当の顔
「はい。そうです。彼が、私に頼みました。子を連れて言って欲しいと」
「あいつがそんなことを言っていたのか」
「もう、自分の腹を痛めて産んだ子が殺し合うのを見たくない、そう言っていました」
「母の愛、というものか」
形ばかりの関心をマラジュは示す。
これは否、と言っているのだろう。
「……子は、渡さないのですか?」
「渡す道理がない。俺の目的は新しい王子をつくることだ。それをみすみすと逃す馬鹿がいるか。それとも、無理にでもやってみるか? お前が俺に、勝てるとは思わないがな」
マラジュの力がコルドにはかなわないことは知っている。下手をすれば無理にでもコルドに言うことを聞かせることも可能だ。
「お前は所詮癒しの力しか与えられていない。だから、お前は俺に叶うことはない。」
「……ですが」
「俺に、口答えをするか?」
マラジュの雰囲気が変わった。
これは威圧だ。この話はもう終わりだと、マラジュは言葉にせずとも言っている。これでは、きっと何も変わらない。コルドは城外の平民のまま、ファルの子は王族に加わる。
それをどうにかできるのは、コルドしかいない。
「……」
「俺の言うことをきけない、ということか」
「子供は、俺が引き取ります」
「ならば、お前がこの城に残るというのか?」
「……それは」
「もうすぐ、出征に行っていた王子が戻ってくる。もう、この城には王子を新たな王にするという者も多くいる。ならば新しい王族を作り、その新しい王族を新たな王にさせる。そのためには、最低一人の王族が必要だ」
「俺が残るか、子供が残るかどちらかということですか?」
「お前はどちらを選ぶ? 自分か、子供か」
マラジュは両手を平行に上げた。
天秤の真似事である。
コルドはその天秤から目をそらした。
「私は、どちらも選びません、自分も、子供もどちらも、この城から出ていきます」
「……話にならんな」
マラジュの喉からでた低い声にコルドの背筋が凍る。
これは、怒りだ。
神がコルドに対して怒り、風が起こる。
その風はコルドの周りを動き、見えない檻になってコルドを拘束する。
立ち上がったマラジュがコルドを見下ろす。
「もうお前は飽きた。なら、お前はもう用済みだ。お前のその癒しの力、いい加減返してもらおう」
マラジュが立ち上がる。
金の瞳がコルドを睨む。その金の瞳がマラジュ自身の手で覆われようとしている。
その時、一瞬風の檻の力が弱くなった気がし、コルドはその檻から無理やり手をだす。
「私はー-、貴方の裏の顔を暴くことが出来る!」
「なら、試してみろ!」
コルドは手に力を入れた。
風の檻からどうにか抜け出し、コルドの手は瞬時にマラジュの顔を掴んだ。
「――ッ!」
コルドの手の間でマラジュの目と目が合った。
目を見開いたマラジュの瞳に、コルドは小さく語り掛ける。
「あなたの瞳、ずっと不思議だったんです。鏡のように全ての物事を映す瞳が。皆、誰も濁りとか、映していない物があったりするんです。けど、貴方の瞳は全てを映す。まるで、作り物みたいに。だから、きっと貴方の顔は、作り物なんだと思うんです。癒しとは、前に戻す力。元の、もしあなたの顔が誰かに傷つけられ、作られたものならば、この癒しの力で前の顔に戻るはずだ」
コルドは手に力を込めた。何かが紙のようにはがれる感覚がした。
手をどけると、マラジュの顔はコルドの手の形でくりぬかれたように跡がついている。
その手の跡からポロポロと白粉のようにマラジュの顔が崩れる。そこに現れたマラジュの本当の顔の正体に、コルドは凍りついた。
顔の皮膚代わりだったものがはがされ、マラジュはとっさに自分顔を手で覆う
前後不覚になったマラジュはコルドの顔を掴む。そのまま、顔を掴まれ無理やり目を合わせられた。
マラジュの本当の顔がコルドの目に焼き付かれていく。
「ッ!」
息が詰まる。
とてつもない悪臭がコルドを蝕む。
肉の焼け、腐った匂いがコルドの顔にかかった。
それでもマラジュはコルドの顔を掴み、コルドの瞳を見る。
いや、コルドの瞳を鏡代わりに自分の顔を見ているのだ。
「……は、ははははっ!」
コルドの瞳で自身の顔をみたマラジュは、大きく笑う。
「これが、俺の本当の顔か……! これが! 俺の!」
おかしい。自分はマラジュの顔を癒したはずだ。それなのに。こんな傷は、おかしい。
そうだ。コルドの癒せる力の範囲は傷ついた状態を『今の』状態に戻せるだけの短絡的なものだ。
仮に、腕を無くした人間がいたとして、コルドにはそれがもう元の腕と離れてかなりの年月が経っているならコルドの手でその無くした腕を取り戻すことはできない。
きっと、マラジュも同じだ。どこで、その傷を負い、どれだけの時間そのままにしていたのか。
「……王」
「感謝するぞ、俺も、本当の顔は見たことがなかった」
マラジュはつかんでいたコルドの頭を投げ捨てる。
そのまま頭から投げ捨てられたコルドは痛みにうめく。
「っー-!」
それと同時に感じたのは新しい肉の焼ける匂いと音だった。
とっさに起き上がり、マラジュのほうを見る。
顔を自らの手で覆うマラジュの手から蒸気が漏れていた。
そのままマラジュの手が離れると、先ほどの顔が嘘のように元のマラジュの顔になったことをコルドは驚き目を開く。
そのコルドに、マラジュは言い放つ。
「いいだろう。 子はくれてやる、お前も、自由にしてやる。その変わり、二度と俺の名を口にするな、二度とあいつを母だと思うな。そして、もう二度と俺の前に現れるな」
「……はい」
コルドは頷くしかできなかった。
「去れ」
簡潔に告げられたマラジュにコルドは抵抗することもなく、部屋から出ていく。
扉を閉める瞬間、コルドは後ろを振り向きマラジュを見る。
そこには、王とは名ばかりの小さな人間がそこにいた。
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