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 マラジュとのあのやり取りから、コルドはファルの世話係の任を外された。  かといって城外の仕事を任せられるわけではなく、金は払われ続ける。そんな宙ぶらりな立場にコルドはいた。  ユーリ含む同じ宿舎の仲間たちはそんな状態のコルドを遠目で見るようになり、コルドが一人でいる時間がほとんどになった。  日々やることが無くなったコルドを見かねた小屋の老人は頻繁にコルドに仕事を頼んだ。  そこで父や自分の母であるファルの思い出話を聞くようになり、コルドも知らなかった父や老人との昔話を聞くのが唯一の楽しみになっていた。  そこでコルドはファルの本当の名や、老人の本当の名を知った。  老人の名は勇ましく、ファルの本当の名は、綺麗な名前だった。  その生活が続き、数か月が経った。  コルドの元に兵士がやってきて、城内に連れてかれた。  兵士はコルドを「ベルディート」とは呼ばす、「コルド」と呼び、城内から城に案内される。  城に連れてこられたのはあのマラジュとのやり取り以来だった。  そこで、コルドは身を清められ、城内の服に着替えさせられ、髪を切られたあと連れてこられたのは広い部屋だった。  そこに、一人の髪の長い男の後姿があった。  男は、長椅子に座り、コルドを待っていたようだった。   「王子、連れきました」    その兵士の言葉にコルドは凍り付く。  王子。コルドの、弟。  半ばわかっていたはいえ、急に王子の前に連れてこられてコルドは内心困惑した。  王子は手慣れた様子で手をひらりと上に挙げた。  それを合図にコルドを囲んでいた兵士たちはそそくさと去っていく。  部屋にいるのは王子と、コルドのみ。王子は立ち上がり、コルドの方を振り向いた。 「……」  コルドは王子の顔を見て、目を見開いた。    自分だ。    まごうことなき自分が目の前にいる。  いや、髪は長く金で、瞳は群青だ。  それでもコルドと目の前の王子は同じ顔をしていた。  固まるコルドと王子の二人の重い沈黙を最初に破ったのは王子のほうだった。   「なるほどな」  ため息をついた王子はすべて悟ったようで、やや吹っ切れた顔で指を指した。   「座ったらどうです? 兄弟で初めての会話といたしましょう」 「……」  どうにかしてコルドは王子の座る長椅子の向いに行く。  そこで視覚で見えていなかった机の上に、大きい籠があった。  その籠の中身には小さい赤子が入っていた。  赤子の姿を見て、とっさに目を開いたコルドに王子は口を開く。 「初めまして。ルーファスと言います。ベルディートー-、いえ、コルド兄様」  王子、いや、ルーファスは固まるコルドに貼り付けた笑みを向けた。  ルーファスに促され、コルドは向かいの椅子に座る。  固い表情のコルドと貼り付けた笑みのルーファス。顔は似て、血を分けた兄弟といっても、今のコルドとルーファスの間には超えることが出来ない壁が出来上がっていた。  二人は互いに黙りあった後、ルーファスがコルドに向って口を開いた。 「この子の父親は誰だ?」 「……俺です」 「だろうな。目の当たり――、俺にそっくりだ」  赤子はコルドとルーファスの会話を聞くことなく、目を閉じ眠っている。  小さく、まだ何もできない、そもそも自分が何者かすらもわかっていない赤子だ。その小さく弱い赤子がコルドとルーファスを繋ぐ存在になった。  その赤子の首に、あの父の形見である首飾りもある。老人に見せられたものではない、正真正銘のコルドの首飾りだ。  黙って赤子を見つめるコルドにルーファスは言葉を続けた。   「名はつけていない。性別は男だ」 「……」 「この子を受け取ったなら、この城から去れ。未来永劫、お前がこの城の敷地内に入ることも、俺の前にも、お前の両親の前にも現れることを禁じる」 「……かしこまりました」 「話は以上だ。去れ」 「……」  コルドは赤ん坊を籠ごともらい、ルーファスの元から去った。  ルーファスとコルド。たとえ、顔は同じでも互いを血を分けた兄弟だと思えることはなかった。  それよりも、コルドの腕の中にいる小さな赤子のほうがコルドにはずっと大切な存在に思えた。  コルドが城から出る直前、コルドの周りを囲んでいた兵士の一人がコルドに対して口を開いた。 「あの塔の後任者についてだ。今、あの塔の彼の世話はお前の前任者の老人に任せてある、だが、さすがに新しい者に返させなければいけない。誰がよいかお前の意見を聞こう」  コルドは少し悩んだ後、ユーリの名前を言った。
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