また出会えますように

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また出会えますように

 今日から私は大学2年生。朝の空気を吸って、お気に入りの音楽を掛けると心も軽くなる気がした。チャイムが鳴ってインターホンを見なかったのは、きっとそのせいだ。 「魔法のステッキデリバリーです!」 「は?」  玄関を開けるとそこには珍妙な格好をした少女が立っていた。灰色のとんがり帽子にTシャツを着ていて、ハロウィンで仮装服が売り切れたけど帽子だけ被ってみてハロウィン感を演じている滑稽な3歳児を思い浮かべてしまった。今は4月でカボチャもお菓子も必要なくて、それが可笑しさに拍車を掛けていた。 「貴方は幸運な人間です!厳正なる抽選の結果、この魔法のステッキを贈呈することになりましたことを報告します!」 「え……詐欺?」  最近は子供の無垢さを利用した詐欺が横行しているらしい。まさか自分の身に降りかかるなんて、世の中何が起こるか分からないものだ。 「すいません、そういうの間に合ってますので……」  曖昧な笑みを浮かべながらドアを閉じようとする。刹那、少女がドアに足をかけた。星型のステッキを両手に持つと、 「貴方はドアを開ける気になって、あたしの話を聞きたくな~る」  体が鉄の機械のように柔軟性を失った。そして関節がドアノブに手をかけ、リビングへの道を形作った。 「ありがとう!お邪魔しまーす!」  靴をバラバラに脱ぐと少女は一目散に奥に突き進んだ。私の体はまだ機械のままだった。 「あたしはトワって言います。年齢は花の2000歳。貴方が魔法のステッキを3回使わないと別の世界線に行けないから、ちゃっちゃと使ってね!」  頭が割れそうになる。2000歳が少女の姿をしていて、3回魔法のステッキを使わないと別の世界線に行けない。文脈だけで見ると、どんなに売れないラノベでもここまでの設定はつけないだろうと思えた。読んだこと無かったけど。 「はあ、凄いですね……」 「そうでしょ?」  ドヤ顔でこっちを見てくる。海にも空にも属さない新種の青色の瞳がこっちを覗き込んでくる。視線が交錯し、少しの沈黙が流れた。 「……それにしても高いところに住んでるんですね、(あおい)さん」 「……どうして私の名前を」 「デリバリーを行う手前、相手の情報を一応確認する手筈となっているので」  彼女はスカートからメモ用紙を取り出した。 「西田葵、今年で20才。下の弟が優秀で両親からの愛の格差に悩まされている。家が裕福なため、マンションの12階に住むことを決意。理由は好きだった人の亡くなった当時の年齢が12歳だったから……かあ、泣かせに来ますね!」  私の個人情報が惜しげも無く披露されてい く。楽しそうに話す傍らで、私は羞恥と少しの憤怒に身を浸していた。 「……って感じですね。そして今日から貴方は大学2年生。幸せライフですね!」 「トワさんがいなければもっと満喫できると思うんですけど」 「えっ!?いきなり下の名前で呼び捨てなんて、意外と大胆だなあ!」  キャッキャッと笑う彼女には嘘がない。虚偽や辛苦もなく、純粋な笑顔だった。 「あっ、話がそれちゃいましたけど、これが魔法のステッキです。杖を持ってもらって叶えたいことを詠唱すると、何でも叶うんです。じゃあ試しに、『貴方はこの話を信じる』」  瞬間、私の頭から疑いが取り除かれ目の前のを魔法のステッキとして認識した。 「……凄いですね。本当に信じちゃいました。」 「この手の話って誰も信じないんで、こうやって体感してもらうのが1番手っ取り早いんですよねえ」  杖をクルクルと回転させながら彼女はそうぼやく。 「じゃあちゃっちゃと使っちゃましょう!この世界線って機械が多すぎて私の自然派の肌に合わないんですよ」 「いえ、私は使いませんよ」 「え!?」  彼女は分かりやすく狼狽して、私が机の上に差し出した紅茶を一息に飲み干した。 「だってそれを使って夢を叶えたって意味無いでしょ。夢はあくまで結果で過程が重要なんですから」 「……好きな人とか生き返らせますよ。頭だって良くなるし、世界の支配者だって」 「終わった事は仕方ないです。頭は元々良いですし、支配に興味ないんで」  私は口早に杖を使う理由を切り捨てていく。 「とりあえず私は使う理由はないんで、帰って頂けると幸いですが」 「ええ……」  この後は友達に誘われた合コンがあるし、こんな与太話に付き合っている暇はない。 「あたしは諦めませんよ……!絶対に使わせますからね!」  そんな彼女と私の仁義がそんなに無い戦いの火蓋が切って下ろされた。  マンションから外に出ると、一面には植林された木々たちがある。世界から取り寄せたオーナー御用達の木は毎年花粉を撒き散らすので、住民からは圧倒的な不評を得ている。 「今からどこに行くんですか?」 「本当に着いてくるんですね……今から合コンなんです。」  後ろから着いてくる彼女の格好は、当然だがさっきのままだ。これが5歳くらいなら可愛らしいと微笑む事も出来ただろうけど、見た目だけは高校生っぽいので少し気まずい。 「その格好どうにかならないんですか?」 「あたしには認識阻害の魔法が掛けられてるので人には見えませんよ。安心してね!」  西日がきつい。4月とは思えない暑さの中、地球温暖化を久しぶりに恨んだ。日焼け止めは塗っていたが、紫外線がクリームを貫通しないか心配だ。 「……別に日焼け止めに願いを使ってもいいんですよ?」 「使いません」  日焼け止めに願いを使う人間なんて、人類史で1番の愚者になり得るだろう。  徒歩で5分くらいの場所にそびえ立つオシャレな喫茶店。ここが私の戦場だ。早く好きな人を見つけて、両親を安心させなければ。 「葵‪~。こっちこっち」  目の前には2人の友達が私を呼んでいる。両方とも可愛らしい格好に身を包んでいて、隣の魔女にも見習って欲しいくらいだ。 「今日はどんな人が来るの?」 「私のイケメン予報では、100%の確率でイケてる人が来るよ」 「真美の予報とか絶対外れるっしょ」 「今回はマジだから!」  そんな軽口を叩きあってると、約束の時間になった。先に店に入るねと真美と茉梨が店へと突撃した。もう先に男性陣が待っているらしい。 「今日こそ頑張らなくちゃ」 「どうして頑張るの?」 「父と母を安心させたいんです。弟は結婚しないって宣言してますし」 「でも葵って……」  そこで不意に彼女は言葉を止めた。 「まあ誰も捕まらなかったら、杖を使えばいいしね!」 「使いません」  呼吸は整った。これは遊びじゃない。そう自分に言い聞かせて、店へと入った。 「こんにちは」  合コン相手の3人の顔を見回す。志波が呼んだのは全員同じ大学生と聞いていたが、いい意味で大人っぽく、社会人3年目と言われても遜色が無かった。  みんなで仲良くハイボールを注文すると、他愛のない世間話が始まった。大学で何してるかとか、好きな作家とか酒が届くまでのジャブみたいなものだ。  ハイボールが届くと、乾杯の音頭と共に消費されていく。それぞれの思惑が酒に溶け始めて、欲望の炭酸が吹き出していた。 「好きな人って見つけるもんなの?」  彼女は私たちの戦いが気に召さないのか、枝豆とチーズトマトピザを盗み食いしていた。 「カフェなのにメニュー豊富ですね。それに昼から酒を提供してくれるなんて」 「ここの店主とは顔なじみでね。せっかく見目麗しい方々が来てくれるからって、特別な席を用意してくれたんだ」  髭がチャーミングな大学生の1人がそう自慢する。料理も美味しいし感謝しなければ。 「ええ!?ほんとに感謝感謝!」 「いやいやこちらこそこんなにいい人たちだなんて思わなかったよ」  出会って20分くらいで何を悟ったのか、私たちを『いい人』扱いするのはイラッときたが、それに目を瞑ればいい人だ。他の2人も同様に口当たりが良くて優しい人だった。  真美と茉梨が会話を弾ませている。私は酒を楽しみながら会話をしようと機会を伺う。でも何を話していいか迷う。戦いに来たのに、私の手にはなんの知恵も武器もなくて、ただ立ち尽くすばかりだった。 「私、ちょっと御手洗に……」  トイレに行く理由は無いけど、1人だけの沈黙に耐えられなかった。角を曲がり暖簾のついたトイレに向かう。 「大丈夫?」 「大丈夫です」  トイレに着いてくるのはやっぱり彼女で、背もたれに手を付きながら私が酔いの副作用に身をやられていないか心配しているようだった。 「……好きな人ってそんなに見つけないといけないものなの?」 「どうしてそう思うんですか?」 「貴方のそんな苦しい顔見てたら、誰だってそう思うよ」  気の毒そうな顔で見てくる。新種の青色の瞳が興味心ではなく慈愛を帯びていた。 「見つけないと家族が悲しみます」 「本当に?」  私はその問いには答えず、トイレを出た。 その後の事は、正直覚えていない。 「今日はありがとうございました!また連絡しますね」  また、と言っていたけど私が呼ばれることはなさそうだった。私はその後ハイボールを3杯飲んで記憶が飛んでいた。立ち振る舞いが正しかったか自信も無かった。 「酔い覚ましの願い叶えない?」 「……杖、貸してください」  杖を半ば強奪すると、願いを込めて呟く。 「トキさんが、幸せになりますように」 「え?」 「別に私の願いなんですからいいでしょう?お酒で気分もいいでふからー」  今なら空でも飛べそうだ。マンションに帰って来ると、彼女の手には水と酔い止めが握られていた。 「これ飲んでゆっくりして。いくらなんでも飲みすぎだよ」 「あれ、いつの間に家に……」 「倒れたから魔法の杖で介抱してあげたの。まったく……昼間だから人がジロジロ見てたんだからね!」 「……トキは優しいですなあ」  彼女の優しさが心に染みる。 「……私ねえ、亡くなった幼なじみがいるの」 「それ知ってるよ。12歳の子でしょ」 「その子は本当に可愛くてねえ。私はいつも後ろでビクビクしてるんだけど、堂々としていてねえ。私が好きって伝えても、無理って突っぱねてねえ、かっこよかったの!」 「いきなりどうしたんですか」 「……なんかもう嫌になっちゃった。女の子が好きなだけでこんなに嫌な思いするなんて」  言葉が鉛となって私の身にのしかかる。私の頭は酒に撃ち抜かれてKO寸前だった。 「変じゃないよ。あたしの行ってきた世界線なんて、地球と結婚する人たちもいたからね!」  トワの慰めに心を洗われる。出会って数時間の関係なのにこんなに優しくしてくれている。これも魔法の力だろうか? 「私、もう疲れちゃったな」  私はマンションのベランダに向かう。幼なじみが自殺したのも奇しくもこんな感じのベランダからだった。 「何するつもりですか?!」 「私、今から空を飛ぶの。羽を生やしてね」  そして、飛び降りた。手をパタパタとさせながら。いまだけとりのきぶん。 「ん……」 「何やってるんですか?!」  私の手には魔法のステッキが握られていた。彼女もステッキに力を込めて私を持ち上げようとするが、ズルズルと下に引きずられていく。このままじゃ、共死だ。 「……2つ目の魔法を使うね」 「……早く!」  空気に息を委ねながら、吐き出す。 『ステッキを消して』  手に掴んでいたステッキが消えた。そして体が自由落下の状態に戻る。 「ごめんね」  そして私は地面に━━━━━━━━ 「ん?」  私の体が宙に浮いていた。傍には彼女もいて、手には消した筈の杖があった。 「予備用の杖ですよ!まったく合コン失敗で自殺なんて、世界一の馬鹿物ですよ!」 「……やっぱり、死ぬのって怖いですね」  今更だけど体は震えていて子鹿のようになっていた。彼女がいなかったら今頃肉片になっていただろう。 「杖を消すなんて行動も怖いですよ!人の商売道具を消すってね!」 「ははは!」 「何笑ってるんですか!?」  私と彼女は目線を合わせた。 「ねえトワ。最後の願い言っていい?」 「……どうぞ」 「日焼けを止めて!」  これが私の最後の願いだった。 「最後の願いが日焼け止めって、本当に可笑しな人ですね!」 「結局、3つ叶えちゃったなあ」  ベランダに下ろされて、私はそうボヤいた。 「願いを叶えるのは別に悪いことじゃありません。叶えたの方が大事ですから」 「後って?」 「夢とかと一緒ですよ。叶えるまでが大事だと思われてるけど、あたしたちは現実に生きてるんだから、夢の続きを考えないと」  夢の続き、か。 「この夢はいつまで続くんですか?」 「……気づいてたの?」  この世界は明らかに都合が良すぎた。魔法の杖なんてお子ちゃまなアイテムがその証拠だ。頭にはもう酒の影響も無かった。 「夢なら、もっと都合のいい事叶えれば良かったかなあ」 「貴方らしくて、あたしは好きだよ」  そう言ってはにかむ。 「3つ願いを叶えたからそろそろこの夢の世界は終わるよ。あたしは次に行かないとね」 「次の人はまともな願いを言ってもらえると良いね」 「確かに」  世界の輪郭がぼやけていく。空が赤く白み出した。彼女の、トワの体が消えていく。 「最後に私から4つ目の願いを叶えてあげる」 「……いいの?」 「特別にね!」  彼女の声が鼓膜に届く前に、世界は流転を終えた。  鳥の鳴き声が聞こえて、私は目を開ける。瞼の裏に夢の残滓が見えた気がした。朝の空気を吸って、お気に入りの音楽を掛けると心も軽くなる気がした。私は机の上にある円柱に目が行った。 「日焼け止め……?」  新品の日焼け止めなんて、いつ買ったのだろうか。酒に酔ったもう1人の私が購入したのかもしれない。  チャイムが鳴って、インターホンに目をやった。灰色のとんがり帽子と青色の瞳が見えた。くしゃみの音が豪快に鳴り響く。  今は、4月だった。
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