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3.みんなの輪
「竹下鈴です、前の学校では音読みにしてリンって呼ばれていました、特技はピアノで苦手なことは水泳です」
運動場での始業式の後、教室で挨拶をした。たくさんの目が私に集まる。「よろしくー」「水泳、俺教えてやろーか」「スケベ目的だろ」「私神奈川住んでたんだ、4歳まで」「知らねーよ」
声もたくさん、綾兼さんは何も言わなかったけど、見つめると軽く手を振ってくれた。
新しい学校、新しい友達。
頭の輪っか。
私は6年3組で「輪っかちゃん」と呼ばれた。
私はみんなにとって輪っかのオマケみたいに、なんでもかんでも輪っか、輪っか、輪っかが転校してきたんじゃないのに。
「輪っかちゃん、悪い事言ったりやったりしてみ」
ちょっと、サングラスなんてどっから、手渡されたままにレンズの分厚いサングラスをかけた。
「ィィィ」っと、輪が広がる音がする。
「ほれほれ、もっともっと、悪プリーズ」
悪プリーズって英語は中学生からよ、もう。私は不良の言葉を真似てみる。
「クソババー、金よこせ」
「ィィィィ」
広がった輪っかを三枝さんとよっこちゃんが二人で持ってズリ下げた。嘘、私がどんなに力こぶで動かそうとしてもアロンアルファなのに。うっあ、景色が変、眩しいのかそれとも深海なのか、光と闇が濃すぎて破裂したみたいな視界。
「ちょっと、怖いよ、戻して、早く早く、ヘルプミー」
「輪っかちゃん、何ミョンミョン言ってるの」
「へー、三枝さんミョンミョン? 私グラゴラベトヒナ、面白いけど、危なそうだね、戻そうか」
輪っかはいい事、真面目なことを言ったりやったりすると元の大きさに戻った。やれやれ。
「技術室で鑢が一本足りないそうです」
ピンときた。髪の毛は立たないけど。
「植野君?」
そう。綾兼さんに相談する。
「埃ちょっと積もってるよ」と、輪っかを指でなぞって、シンデレラの継母になりきっている。
「こんなこっちゃ舞踏会に行かせないよ」
「じゃなくってさ、鑢よ」
「ガラスの靴を磨くの?」
「ちがーうー、私の輪っか」
「あー、都市伝説だよ」
「え?」
「駅前の階段上がってく薬局あるじゃない、あそこは深夜になると闇屋になるんだって、輪っか削った粉が高値で売れるって」
「バッカじゃない?」
「信じて生きる方が楽なのかもしれない」
「先生に告げ口するから、付いてきて」
「いいけど」
植野君は親に報告されて泣いていた。泣くくらいなら都市伝説信じるなと、私は思った。
給食の時間。班ごとに机をくっつけて食べる。担任の佐々木先生が「内緒よ」とテレビを点けてくれる。クラスみんなで連続テレビ小説の再放送をみた。
「うーん、こってりした味が舌の上で開脚前転をするように……」
食レポごっこが始まったり、牛乳を含んだ女子ににらめっこをしかける初恋があったり、給食の時間は楽しい。
「ちょっと、橋本君!!」
同じ班の橋本君。運動神経が良くて、笑顔が可愛いから私は少し好意を持っていたのに。
「あーあ、輪っかちゃん可愛そう」
「あ、なんだ、広げてからじゃないとダメか」
「そーいう問題じゃないでしょ!!」
「謝りなよ」
「そーよ」
橋本君は給食の鶏レバーを私の輪っかに捨てたのだ。けど勿論、鶏レバーは空を飛べるはずもなく、私の髪の毛を汚した。私はお盆ごと全部床に下ろして、つっぷす。
「なんだよ、男子同士じゃ、こんぐらい普通だよ、泣き虫」
橋本君。酷い奴。
「輪っかちゃんに代わって」
同じ班の工藤さんが私に代わって何かをした。みていなかったけど、後から聞いたら私の輪っかで橋本君をぶん殴ったって。輪っか、凶器にもできるのね。
「輪っかちゃーん、リングアナやってよ」
輪は英語でリングだからって、多目的室の掃除を終えた男子たちがプロレスごっこ中にお願いしてきた。
箒をマイクにして、やってみる。
「おおっと、コング坂本のラリアット炸裂であります!!」
「誰がコングだ」
「タイガー加藤の空中殺法だ!!」
「側転しかできないけど、とりゃ!!」
リングアナ、楽しかったです。結果は3ラウンドコング坂本のコブラツイストでタイガー加藤がギブアップ負け。
「輪っかちゃん。ほら、悪い事言って、輪っか広げてからプールに潜るの」
「あー、輪くぐりしたいのね?」
「そう」
「クソババー、金出せ」
「そればっかりね」
「私不良に詳しくないんだ」
「ィィィィィ」
せーので、富山さんとプールに潜った。
音の聞こえ方がコポコポいって、水中眼鏡越しの富山さんは私の広げた輪っかを水面近くに浮かべて、プールの地面を蹴った。
「ひゃっくてーーん」
富山さんは凄く笑ってたけど、私は気付いたから言う。
「フラフープでもいいんじゃない?」
富山さんはもっと笑ってクロールで逃げて行った。
「お母さんが幸せでありますように」
「ィィィィィ」
一人で良い事を言うのは照れ臭い。
文化祭の合唱で、3組は優勝を狙って練習を重ねた。
「輪っかちゃん」
佐々木先生が困ったように私を職員室に呼び出した。
「歌が私の輪っかに集まる?」
「そうなの、これは対策が必要なのです」
「私、どうすれば?」
被ったベレー帽は宙に浮いていたけど、私の輪っかはもう誰にも珍しくなかったから、歌の目隠しになるのなら問題はなかった。
本番当日、先生が興奮し過ぎてタクトを舞台袖に遠投するハプニングはあったものの、見事優勝することが出来た。記念写真の私は、みんなと一緒に大口を開けていて、間抜けだった。
ペラペラとページを捲るように、私は学校生活を送り、友達も多く、どんどんクラスに馴染んでいったのだけど。
「この輪っか、どーすれば外れるのかな?」の質問にはみんな「さーねー」としか言ってくれない。みんな私の輪っかに関しては私より全然詳しいのに。
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