4.今日から私

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4.今日から私

 前の学校では夏祭りに行ったけど、こっちでは収穫をお祝いして秋にもお祭りがある。  神社の境内に夜店が出て、花火の代わりに変なお相撲があった。神事ということで厳かにやっていたけど、変なお面を被った褌のおじさん二人が取るお相撲は笑ってしまう。  綾兼さんと二人で色違いの浴衣を着た。巫女さんが配ってた団扇を帯に差して、お母さんに貰ったお小遣いを小さく使っていく。町内の小さなお祭りだから、夜店の値段はどれも手加減がしてある。 「金魚、弟に掬ってく約束したの」  アセチレンの匂いがする。しゃがんだ砂利に割れたお面が落っこちていた。金魚の泳ぐ桶には私の輪っかが綺麗に反射する。 「うちは、金魚飼えないんだ、猫がいるから」 「じゃ、輪っかちゃんはスーパーボール掬いにしなよ」 「うん」  綾兼さんと二人で、夜店を回る。  金魚は私の輪っかを泳いだけど、スーパーボールは輪くぐりをしなかった。賽銭箱の縁に弾ませたら、そのまま何処かへ消えてしまった。  飴細工のおじさんは捻じり鉢巻きに馬と鹿の飴を差していた。秋の夜のヒンヤリした風が鋏をかいくぐって夢になった。 「輪っかちゃんは何にする?」 「私、天使」 「あ、いいね、らしいね」 「ね」  渡してもらった飴はキューピー人形のような無垢な子に羽が生えていて、立派な天使にみえたけど、輪っかはなかった。 「輪っか、なくても天使にみえるね」  綾兼さんがそう言った。綾兼さんは金魚を注文して、「これで弟にごめんしてもらうよ」と言いながら、ビニールに包んでもらった飴の金魚を帯に差し込んだ。綾兼さん、金魚掬いへたっぴだったから。 「最後に、輪投げで何か獲って帰りますか」 「そーしますか」  ワイワイ、と、みんながおじさんに五十円玉と引き換えに輪っかをよっつ貰っている。これ以上入っちゃダメのロープの内側に貯金箱や瓶のジュースやオモチャが並んでいる。 「私、Qちゃんの貯金箱にするかな」  綾兼さんがグーッとロープから身をいっぱいに伸ばして輪っかを放っている。その時だ。一人の男の子に目がいった。  その子は半袖のTシャツ捲り上げておへそを泳がせながら、泣きじゃくっていた。  輪投げのおじさんが「いいから坊や、好きなの持って行けって」となだめているのに、涙は止まらない。 「輪投げで、っ、ック、獲ってない、、っ、ック、もん」  盛大に泣きすぎてしゃくり上げている。気持ちがわかった。お小遣いの範囲で絶対に獲りたかったんだ。あの子の涙は命の正しさだ。 「ほっほーい、ゲーット」  綾兼さんがQちゃんの貯金箱を手におどけている。頭に指を三本立てて、大きな口でにやけている。 「ちょっと、ごめんね」  私は綾兼さんに言い残して、男の子のところへ歩み寄る。 「これ、使いな」 「ィィィィィ」  私の人差し指に輪っかが自動的にクルクル回る。それは輪っかの力こぶだった。任せときなってこと。 「いいの?」 「うん」  男の子は私の輪っかを人差し指に受け取って、クリンっと投げる。 「ィィィィ」  男の子の欲しかったオモチャに一直線。  空中を滑るように、舞った。  サングラスなんかどっから? フラフープでいいでしょうに。「コング坂本のラリアーーット!!」鑢で削って幾らで売れるのか、聞いてないなそういえば。  瞬間が間延びして記憶が詰め込まれる。  私の輪っかはみんなの輪っかだった。  まだ、輪っかは舞っている。  綾兼さんとスローモーションで目が合う。綾兼さん、雲を消すポーズをしている。今なら言えるかな。「風だよ」って。   「輪っかのお姉ちゃん、どうもありがとう」 「どういたしまして」 「スッゴイ輪っかだな、的中率100パーセントだ、おじさん路頭に迷っちゃうよ」  輪投げのおじさんが輪っかを私に返してくれる。でももう、輪っかは私の頭にくっつかない。  さて。 「輪っかちゃん」  と、綾兼さんが私を呼んで、言った。 「新しいあだ名考えないとね」  そうだね。  私は今日からもう「輪っかちゃん」じゃないんだね。 「うん、考えといて」    次の朝。  私は通学路で輪っかを放った。  輪っかは次の輪っかちゃんを探して空間を滑り続ける。 「ィィィィィィィィィィィィィィ」  さよなら。      
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